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2018の投稿を表示しています

Pt's Voice027:こんなはずじゃなかった

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こんなはずじゃなかった
治るつもりで治療を受けていたのに

こんなはずじゃなかった
まだ大丈夫だと思っていたのに

こんなはずじゃなかった
こんなに元気になれるなら、仕事を辞めるんじゃなかった

こんなはずじゃなかった
余命1ヶ月と言われて、財産も家も処分したのに
まだ死ぬことができない

こんなはずじゃなかった
こんなはずじゃなかった

**************************** Pt's Voice=ペイシェンツ・ボイスは「患者の声」をデジタルアーカイブとして遺すプロジェクトです。
有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。 一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。 それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。

Pt's Voiceでは私の解釈は一切記しません。 患者・家族と医療者との対話のみです。 その生の声から何を学ぶか?それは皆さん次第です。

Pt's Voice026:そのうち目が覚めるんじゃないかなっていつも思っています

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これまで、病気になったことなかったんです
でも、お腹が痛いなって病院行って
そしたら突然
「がんです。末期です」
って言われたんです

まだ3カ月前
現実感がないんですよ
フワフワしている感じで

夢じゃないんですかね
そのうち目が覚めるんじゃないかなって
いつも思っています

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有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。 一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。 それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。

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VRで読書会しよう!~『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』

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6/21 21:00~22:30ころまで
VR空間で読書会するイベントを開催します。

場所はあなたのパソコン。
cluster.というサービスを使ってVR空間に入ります。


VRというと、何か特殊な機械がないと無理なのでは…?と不安になるかたも多いかもしれませんが、このcluster.はご自宅にあるパソコンからログインすることが可能です。

パソコンからcluster.をつかうための解説はこちら!

でも、読書会って本を読んでからいかないといけないんでしょ…?
会話に参加するならマイクが無いとダメですか…?

結論から言いますが

基本的には何も用意してもらわなくて大丈夫です!

cluster.にさえログインしてもらえれば、
マイクも
事前の読書も
何なら本そのものも
用意しておいてもらう必要はないです。

いずれはVR空間内にも本を持ち込めるようになると思いますが、現時点ではそれは難しい。
その一方で、せっかくVR空間にいるのに、リアル空間で本も見ないとならない、となると臨場感が失われる!という方もいると思うんです。
それはVRでの読書会の形じゃない。

だから今回は、本の中で重要なポイントについて私が解説して
「本を読んでいないけど概要はわかった」
状態になってもらいます。

そのうえで、ひとりひとりにご意見を聞いていきますので、
・本を読んできた方は、読んでみての感想や疑問(気になったページ)
・本を読んできていない方は、聞いてみたいこと何か
をマイクまたはcluster.内の掲示板にテキストで入力してもらおうと思います。

タイムスケジュール的には
①VR読書会/VR暮らしの保健室の説明
②課題本の解説
③参加者からのご意見
④フリートーク(時間あれば)
⑤次回の御案内
という感じです。フリートークでは本と関係ない話をしてもらってもOKです。
ログインのためのURLは当日に私のツイッターで告知します。

そして、今回の課題本ですが

『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(津川友介著)
です。

先日のVR暮らしの保健室にて、「糖質制限について話が聞きたい」という声があったことから、この本を課題本に選びました。
巷の本屋さんにあふれる「健康にいい○○な食事」のほとんどが科学的にはなんの根拠もなく、健康にいいどころか命を縮めかねないことを示した画期的な本です。
著者はハーバード大を経て…

Pt's Voice025:あなたのお母さんだったら、同じ治療を勧めますか?

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その人は、なかなか決められなかった

がんは全身に広がっている
手術をすることはできない
できる治療は抗がん剤
「でも、あなたのご年齢では抗がん剤に耐えられないかもしれない
副作用でつらい思いをするよりも、緩和ケアに専念して過ごすという道もあります」

でも、その方は決められなかった
家族は抗がん剤を望んでいたが、本人には迷いがあった

先生にお任せしてもいいですか?

「私にお任せされるなら、緩和ケアに専念することを勧めます
でも、本当にそれでいいのですか?
私は、あなたがこれまでどのように生きてきて、これからどう生きていきたいかを知りたいのです」

しかし、その方は決められなかった

私が先生のお母さんだったら、同じ治療を勧めますか?

「私の母だったら・・・。抗がん剤はしたくないと言うでしょう。そういう生き方をしてきた人です。でも父だったら、できる治療はやってほしいと言うでしょう。
そしてあなたは、私の母でも父でもない
だから私は、あなたがこれから生きていきたいかを知りたいのです」

その方は苦しい表情を浮かべ、また無言になる
診察室の時計の音が響き、時だけが過ぎていく

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リレーショナルアート『奢られる人・奢る人』

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『プロ奢ラレヤー』と名乗る男を知っているだろうか。

彼の名は、中島太一さん。
文字通り「他人の金で生きていく」プロ。
メシは奢り
宿も奢り
カラオケや海外渡航費なんかも奢られて生きている。

意味が分からない、と片付けてしまうのは簡単だ。
でも、本当に意味が分からないなら、あなたが自身で体験してみればいい。

私はこれから期間限定で「コーヒー奢リヤ―」になる。
※(6/4追記:期間限定やめて一生コーヒー奢り続けることにしました)
東急東横線元住吉駅から徒歩10分ほどにある「mui」というお店に来てほしい。
ここで私はコーヒーをあなたに奢る。
とりあえず100人になるまで奢るが、パトロンがつけばもう少し奢るかもしれない。




「先輩と後輩だから」「まだ学生だから」などの言い訳がない、完全に初対面のひとに何かを奢られる体験ってどんなものか。

私はプロ奢ラレヤーへ奢った経験がある。
私はその目で、奢ラレ体験をするあなたたちを見る。

さて、そこに生まれる関係性とそこから得られる感情が、何を織りなすのか。
興味のある方はぜひ来てもらいたい。


●リレーショナルアート『奢られる人・奢る人』

・何も持たずにふらっと来てくれてかまわない。
・私は開催日の9時から12時ころまでいる。いつ来てもらってもかまわない。
・開催日は不定期(土曜か日曜の朝)。ツイッターで「#奢られる人奢る人」つけて日時を告知するので、フォローしてほしい。
※開催日:6/2、6/9、6/24の各9:00~12:00に決定
・席についたら私は決まった質問をする。「今日はなんの話をしましょうか」だ。 ・後から来た人は、席がある限りは一緒に参加してもらってかまわない。満席の場合はさようならだ。
・コーヒーを1杯奢られることと、最初の質問に答えること以外は、以降の会話、店内での振る舞い、同席した他の参加者とのやりとりは自由だ(公序良俗に反しない程度に)。飽きたら帰ってもらって構わない。
・帰るときに、私から1枚カードを受け取ってほしい。そしてそこに書かれていることを実行すること。大したことじゃない。自宅に戻ってからゆっくりやってもらってかまわない。まあ、誰でもできることだが、無理と思ったら棄権してもらってもいい。

※お店へのアクセスはこちら

※リレーショナルアートとは:人と人との関係性から作られるアートのこと。「関係性の芸術」と呼…

Pt's Voice024:心がかるくなりました

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ゆっくりと相談室に入ってきたその人は
青白い顔をして
足取りも重かった

家族として、どう支えればいいかわからない

その人の夫はがんを抱え闘っていた
その人は、がんと闘う夫を支えていた
しかし、その人を支える人は誰もいなかった

夫がつらいのはわかります
頑張っているのもわかります
でも、夫には先生がついている
看護師さんがついてる
私には、誰もいません
夫もつらいですが、夫を喪うかもしれない私もつらい
でも周りからは「妻として彼を支えないとね」と責められます
どうしたらいいのか・・・

その人はひたすら想いを吐き出す
涙もぼろぼろとこぼれ落ちる

そしてひとしきり話したあと

ごめんなさい、話しこんでしまって
そろそろ帰ります

涙をふきながら、

また来てもいいですか
心がかるくなりました

とその人は帰っていった

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Pt's Voice023:私もう一度、仕事に戻りたい

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何も食べたくありません
食べものを見るだけで嫌になる
もう死なせてください

転院してきたその日に、その方は用意したお膳をひっくり返し、薬を飲むことも拒んだ

固くこわばった表情
医師も看護師も、かける言葉もない
でも、毎日欠かさずに、ベッドサイドに座った
何も話さない日もあれば
ぽつぽつとお話ができる日もあった

ある日

どうして、毎日来て下さるのですか?

と、その方は尋ねた

「そうですね。あなたが元気かどうか、毎日心配しているからですかね」

と答えると、その方は驚いた顔でこちらを向き、そして窓の外へ目を向けた

それから少しずつ
少しずつではあるが
その方は変わった

薬を拒否しなくなった
食事を食べるようになった

先生、私、歩けるようになりたい

と、リハビリを始めた

先生、私もう一度、仕事に戻りたい

その方は、幼稚園の先生だった
夫は
「先生を困らせるものではない」
とたしなめたけど
「いいですね。それができるよう応援しています」
と答えると、その方は恥ずかしそうに笑った

そして数か月後
その方は、子どもたちが待つその場所へ戻っていった
来た時とは全く違う
穏やかな笑顔で

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Pt's Voice=ペイシェンツ・ボイスは「患者の声」をデジタルアーカイブとして遺すプロジェクトです。

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一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。
それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。


Pt's Voiceでは私の解釈は一切記しません。
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その生の声から何を学ぶか?それは皆さん次第です。

「底辺校出身の東大生」には何が「見えている」のか

「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由
という記事が200万PVを超えたそうだが、
それに対して私が書いた反論
見えている世界が違うのは田舎という場所の問題なのか
も1万PVくらいになって、反響の大きさを改めて実感している今日この頃である。

で、そういった反論に対して今回、回答を示した記事が公開された。
大反響「底辺校出身の東大生」は、なぜ語られざる格差を告発したのか

内容については正直「うーん…」という部分が多い。
どこが「うーん…」なのか指摘していこう。

●誠実ではない文章にはそもそも共感できない

筆者は、

「都会と田舎の格差を訴える」という最優先の目的を達成するにあたり、私は田舎と都会を、いわばイチゼロで語る方針を採った。そのようなわけで、いきおい、田舎には大学も書店も美術館も学習塾も「ない」のだ、それをまずは知ってほしい、という断定的な表現を多用することになった

と述べているが、それこそが釧路出身者から大きく批判された原因である。

筆者の主張したいことはわかる。
地方と都市部に教育格差がないとは言わない(データで明らかであるから)。
ただ、その主張を強調するために、前提となる部分を「表現」したとなると、その主張そのものに共感できなくなる。

また、その言い訳として

本文で「田舎」と「釧路」と「私」という主語を使い分け、一般論、釧路の例、個人的体験などを慎重に腑分けした書き方をしているつもりである

と述べ、釧路の事実を述べたのではなく田舎一般について主に問題提起をしている、と主張しているが、前回の記事では

・釧路市のような田舎に住む子供の多くは、おかしな話に聞こえるかもしれないが、まず「大学」というものを教育機関として認識することからして難しい。
・釧路のように地理的条件が過酷な田舎では「街まで買い物に行く」ことも容易ではないので、たとえば「本やCDを買う」という日常的な行為ひとつとっても、地元の小さな店舗で済ませる以外の選択肢がない。
・東京の書店で、はじめて私は「釧路では参考書を売っていなかったのだ」ということを知り、悔しがった

など、「田舎全般」という一般論ではなく、明確に「釧路市は(もしくは釧路+他の田舎では)」という主語で書かれている。
その前提となる釧路市で、筆者の通った高校での大学進学率が約85%、高校から徒歩圏内に大型書店や大型CD店があり、美術館…

Pt's Voice022:こんなに苦しんで どこが緩和ケアなんですか?

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余命はもういくばくもない
その方は痛みと呼吸のつらさに喘いでいた
夜は途切れ途切れの眠り
そしてそれは昼も続く
また朝が来てしまったのかという苦痛

傍らにつきそう妻は
「もう楽にしてやってくれませんか、せめて眠らせてあげてください」
と涙ながらに訴える

しかし医師は首を縦にはふらず
「まだできる治療がありますよ」
と告げる

妻はついに泣き崩れ
「こんなに苦しんで、どこが緩和ケアなんですか?」
と叫ぶ

「まだできる治療があるんです」
と、ただ医師は繰り返す。

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有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。 一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。 それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。

Pt's Voiceでは私の解釈は一切記しません。 患者・家族と医療者との対話のみです。 その生の声から何を学ぶか?それは皆さん次第です。

見えている世界が違うのは田舎という場所の問題なのか

こんな記事が拡散されていたのですが、あまりにも偏った視点で書かれた記事で賛同できない。
「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由

これは私が筆者と同じ釧路市出身で、両親は裕福ではなく、知り合いの親戚に大卒は1人もいなかった、ということから批判する権利があるだろう。

もっと人口が少ない田舎であればそうかもしれないが、釧路程度の都市で「教育や文化に触れる機会がない」というのはその個人の問題だ。
私は著者よりも10年近く前に生まれているが、私がいた当時でさえ美術館もあったし文化的イベントもあったし、大型書店もあって本には苦労しなかった(インターネットもアマゾンもなかった時代だ)。

私は高校卒業後、浪人せずに医学部に入っているので、教育は釧路市内でしか受けたことはない。
高校の授業と本屋で買った参考書と市内の塾だけで国立大の医学部に進学できているし、私の同級生も同じような教育環境で半分以上が大学に進学している(東大も、医学部も複数いる)。
両親の年収は平均以下だったので、大学に行かせるのは苦労したと思うが、親から大学に行けと言われて行ったわけではない。

札幌や関東に出て、確かに自分の学力が大したことはなかったんだなと実感することはあったが、社会に出てからはそんなことも大した問題ではなくなった。
むしろ、釧路では海と語る、漁師の生活を身近で見る、またロシア人やアイヌ人がまちにいるので、そういった方々との交流など、関東ではできない体験や文化的交流もあった。

しかしそれも、受け身の状態で自然と触れるのではなく、自ら興味をもって触れに行ったという結果。
受け身で過ごしていれば、確かに教育や文化に触れる機会は少なかったかもしれないが、それは果たして「田舎」という問題なのかは考えた方がいい。都会では受け身で過ごしているだけで、自動的に高度な教育や文化が享受できるとでもいうのだろうか。

かといって貧富の問題だけに帰結させるのもどうかと思うが、個人的には問題は別のところにあるのではないかと思う。
筆者と私が過ごしてきた世界は、同じ釧路にあっても別のものなのかもしれない。
だとしたら、田舎か都会かというのは問題を単純化しすぎで、
「同じ地域で学生時代を過ごしているのに見えてる世界が違うのはなぜか」
という問題を考察した方がいい。

Pt's Voice番外編:七日間

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先日の朝日新聞の投書欄に載り、多くの方の共感を集めた「七日間」という詩。
実は生前この方に私も少しだけ関わることがあった。
その方の思いを今日は取り上げ、デジタルアーカイブとしてここにも遺したい。

「七日間」

神様お願い この病室から抜け出して
七日間の元気な時間をください

一日目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい
あなたが好きな餃子や肉味噌 カレーもシチューも冷凍しておくわ

二日目には趣味の手作り 作りかけの手織りのマフラー
ミシンも踏んでバッグやポーチ 心残りがないほどいっぱい作る

三日目にはお片付け 私の好きな古布や紅絹
どれも思いが詰まったものだけど どなたか貰ってくださいね

四日目には愛犬連れて あなたとドライブに行こう
少し寒いけど箱根がいいかな 思い出の公園手つなぎ歩く

五日目には子供や孫の 一年分の誕生会
ケーキもちゃんと11個買って プレゼントも用意しておくわ

六日目には友達集まって 憧れの女子会しましょ
お酒も少し飲みましょか そしてカラオケで十八番を歌うの

七日目にはあなたと二人きり 静かに部屋で過ごしましょ
大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう

神様お願い七日間が終わったら
私はあなたに手を執られながら
静かに静かに時の来るのを待つわ
静かに静かに時の来るのを待つわ

→記事はこちら

是非、記事全文もお読みください。

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Pt's Voice021:落ち着いてしまうのもどうなんでしょうかね。

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その方は、パズルに向き合っていた。
毎日
毎日
いつ行ってもパズルを組んでいた。

2週間前には大量に血を吐き、一時はどうなるかと思ったが、小康状態を保っているようだ。

「落ち着いているようでいいですね。この分だとご自宅にお帰りになるのも大丈夫かと思います」
と私が告げると、その方はパズルを組む手を少し止めて

そうですか。
でも、落ち着いてしまうのもどうなんでしょうかね。
私は、家庭を顧みてこなかったのでね。
帰ることなんてできるのでしょうかね。

そしてその方は、またパズルを組み立て始める
そのままずっと
毎日
毎日

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Pt's Voice020:お父さん、桜が好きだったね 見られているかな

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たくさんの家族に見守られながら
その方は旅立っていった

若い父親は布につつまれ
まだ幼い子供たちは父へ贈る花束をもって
病院からの見送りにのぞむ

まだだよ
まだお別れじゃないよ
一足先に、おうちに帰っていてもらおうね

と、遺された母は、子どもたちにささやく

桜だね
お父さん、桜が好きだったね
見られているかな

春に生まれたその人は
桜舞う その春の中へ還っていった

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Pt's Voice019:家族は受け入れてくれない。だから私は家族のために生きる。

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もう本当は治療うけたくないんです

「じゃあ、もうやめたらいいのではないですか?」
と、私は反射的に答える

いえ、夫が治療を受けることを望んでいるんです
夫は本当に弱い人なんです
私が死ぬことを受け入れてくれない

私は、何事もきちんとしておかないと気が済まないんですね
銀行口座も、家事のことも
そして、お墓のことも

でも、話を聞いてくれない
本当は夫と話をしたいのに

だから、私は治療を続けることに決めました
もう少し
夫が受け入れてくれるその時まで
私は治療を続けたいと思います

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落合陽一さん・下河原忠道さんの対談から見える「Hackableな未来」とは

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先日、筑波大の落合陽一さんと、株式会社シルバーウッドの下河原忠道さんの対談企画「シンギュラリティ時代の介護と多様性」に伺った。

落合陽一さんとは

下河原忠道さんとは

対談の内容については、たぶん誰かがアップしてくれるんだろうとして。
私が個人的に興味をもったのは、落合さんの「Hackable」という言葉だ。

この言葉を落合さんは
「自分の身体をHackできる。例えば、耳が遠い人とかが『今日はチューニングが悪い』とか言ってカチャカチャ自分でいじったら『治った』ってできるみたいな」
という文脈で用いた。
つまり、これまで超専門性の高い技術や職人技を用いてしかできなかった身体機能の拡張を、未来には自分の手の中でチョコチョコいじるだけで簡単かつ自由にその機能を拡張できるようになるということ。
この話を聞いていて私が考えていたのが「自転車」。昔は自転車って買って乗る、壊れたら自転車屋に任せる、だったのが、乗り手がカスタマイズするのが普通になった。そういったことが、補聴器とか義足とか車椅子でも起こる。


これはすごく面白い方向性で、技術研究者が行っている研究や開発って、専門外の目から見たらとてもユーザーフレンドリーではなく、現実世界では受け入れられないのでは?と見える。
結果的に、テクノロジーと人間は水と油みたいに語られるけど、本当はそれはデザインの問題であって、素直にテクノロジーを受け入れられるデザインはある。
実際にはその「ユーザーフレンドリーではない技術」が中に詰まっているのにね。ユーザーインターフェースデザインの問題。

そして、その方向性が目指す未来は、身体機能の拡張を民主化できる社会
テクノロジーを誰しもが自分の手の中で使えるようになり、個人が個人の身体をチューニングでき、身体の多様性を保ちながら社会全体が調和しながら生きていけるようになる。
「限りなく強い個人」
を目指すような未来。

●では、「限りなく強い個人」の周囲で人はどうなる?


そのような個人の能力が最大化されうる世界において、介護士や看護師はどんな役割を担えばいいのか?
この質問に対して、下河原さんは
「人同士をつなげるような仕事。コミュニティデザインとかそういった方向性を担っていくのではないか」
そして落合さんは
「危機管理。そういった多様な方々の生活をみていて『転びそうだな』とか『あ、ちょっと危ないな』と…

Pt's Voice018:死ぬのはこわくない。家族を苦しめるのがこわい。

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余命は半年って言われてたんだけど
おかげさまで2年も生きることができて

良かったというか、拍子抜け
もう死ぬつもりでいたから
死ぬことはそんなにこわくない

でもこの前、一人娘の妊娠がわかって。
上の子のときも私が手伝いに行ったんだけど・・・
今回はもっと大変だと思うの
でも、その時に私の病気もちょうど悪くなっていたらと思うと・・・

こわいの

こわいんですね

自分が死ぬことはこわくないのに
自分が家族の負担になるんじゃないか
それだけは耐えられない

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Pt's Voice017:抗がん剤はしないとダメなんだろう?

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その方は、がんが全身に広がり、だいぶ衰弱していた

緩和ケアの医師は聞いた
「これからどうやって過ごしていきたいですか
抗がん剤をせずに、体力を温存しながら過ごす選択肢もあると思いますよ」

その方は答えた

抗がん剤はするよ
だって、抗がん剤をしないとダメなんだろう?
主治医がそうやって言っているからさ

医師は、無言でその場を離れる
「それが本当にいいことなのかしら」

かれは、誰の人生を生きているんだろう

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一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。
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言語で思考する人間と、アートで思考する人間

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先日、興味深い方にお会いした。
世界を様々な視点からみて、新しい価値を提供するというのはよくあるが、その方は独特の感性で世界を切り取っていた。
今までに聞いたことがない考え方だったので、興味をもって聞いていたのだが、もう既に書籍化の話も出ているとのことで
「それは面白いですね。ぜひ本に仕上げてください」
とお伝えしたところ、
「私、この考えを本にできる気がしなくて」
と答えられたのだ。

その方いわく、これまでも自分の考えを文章にする機会は多々あったものの、文章にした瞬間に「違う」と感じてしまうのだという。
話ことばならまだそこまで違和感を感じないそうなのだが、書きことばにした途端に、自分が本来表現したかったものと様相を変えてしまうというのだ。

それを聞いて、私が最初に思ったのは
「思考を言語化するのが苦手だからでは?」
ということだ。
そういった訓練をしていない、または突き詰めていないから、言語化がうまくできず、結果的に違和感を感じてしまうのではないかと。
だから最初は「話をして、ライターに書いてもらうというのは?」などとアドバイスをしていた。

しかし、よくよく話を伺っているうちに、私はとんでもない間違いをしていることに気づいた。

それは

そもそもその方の思考は言語で深めていく類のものではなく、
アートそのもので思考を深めていく類のものだ、

ということである。

私自身は「自らの思考を言語で突き詰めていく」タイプの人間だ。
そして多くの方もそうなのではないかと思う。
しかし世の中には時に、言語ではなくアートで思考を深める人間がいる。
私がこれまでお会いしたアーティストの多くは、「アートで思考を深められるが、言語でも深められる」という方だったのだろう。自らのアートの意味を言葉で語ってくれる方が多かった。
しかし、アートの本質というのは、本来言語では語れないものだ。言語では語れないから、アートという手法を用いているのに、美術展などではご丁寧に作品の背景や意図などが解説されていて、私たちはそれを言語で読み、アートを分かったような気になっているのではないか。

彫刻家はよく「木を見ていて、彫っていたら、木の中からこれが生まれてきた」と表現する。
陶芸家もそうなのだろう。土と対話しているうちに、その作品が生まれたのかもしれない。
私は、そういった作家たちは「○○を表現したい」という…

Pt's Voice016:もう私には全てのものがまぶしい

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その方の部屋は、いつでも真っ暗だった
テレビもついていない
音楽も聞こえない
友人はお見舞いに来たがっていたようだが、すべて断っていた

私たちの問いかけに答えることも
時々
ほんの少しだけ

しばらくその方のベッドサイドでじっと座って
その方を見ていたことがある

すると

先生、すまないけどね
あまり私を見つめないでくれませんか
先生は、若くて、エネルギーもある
その強さが、私にはこたえるのですよ
光はまぶしすぎ
音楽はうるさいだけ
もうこの世の全てが、私にとっては強すぎるんです

私は無言で、そのまま目を落とすことしかできなかった

********************* Pt's Voice=ペイシェンツ・ボイスは「患者の声」をデジタルアーカイブとして遺すプロジェクトです。
有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。 一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。 それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。

Pt's Voiceでは私の解釈は一切記しません。 患者・家族と私との対話のみです。 その生の声から何を学ぶか?それは皆さん次第です。

【参加者募集】しるし書店しおりコンテストに参加しよう!

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この記事の内容をざっくり言うと
・しるし書店メディカルオリジナルしおりを作ってみた!
・しるし書店メディカルしおりの元ファイル(Word)を配布するよ!
・「しるし書店しおりコンテスト」を3/31まで開催!私から賞も贈呈するよ!


2018年2月からスタートした「しるし書店」
私も3月に、医療系本に特化した「しるし書店メディカル」を開店しました。

西智弘店はこちら!

そして、さっそくしるし本を買っていただけたのですが、単に本をお送りするだけだと面白くないなーと考えた結果、

「しるし書店メディカル オリジナルしおり」

を作ってみた。


そして、裏面は「レターポット」


お買い上げいただいた方への手書きのレターを書いて送ることができる。


このしおりの作り方は簡単。
Wordでつくったひな型に、画像を貼り付けて、名刺サイズのカードに印刷しただけ。

そしてこういう「オリジナルしおり」って、しるし書店の店主の方々みんな作れたら面白いんじゃ?
ということで、

「オリジナルしおりひな型を配布します!」

希望者は、私のレターポットにメールアドレスなどを送ってくれれば、Wordファイルをお送りします!
(バージョンや環境などで画像などにズレが出ることはあるので修正してね)

でも、私のような素人がデザインするよりも、みんなでデザインして公開しあって高めあうほうが面白いんじゃ?
そして、そうやっていいデザインを公開しあっているうちに、運営や西野さんもビックリするような名作が生まれたりするんじゃ?

ということで

「しるし書店しおりコンテスト」

を勝手に開催します!

参加ルールは簡単。

・エントリーはツイッターで「#しるし書店しおりコンテスト」をつけて公開するだけ
・多くの方が二次利用できる方法を公開すること(連絡くれれば元ファイル送ります/Webサイトでダウンロードできます…など)
・1人が何作品公開してもOK
・「いいね!」と思った作品にはどんどんリツイートして「投票」

エントリー期間は3/31まで。
4/1に運営や西野さんが「ウソだろ!」というくらいビックリする作品を期待しています(できれば本当に、運営や西野さんに「ウソだろ!」とつぶやいてほしいところw)。
ちなみに、公式のオリジナルしおりはこちら。
クラウドファンディングのリターンですが、これを超えていきたいところです。

そして言い出しの私からは、個人…

Pt's Voice015:うまく死ぬことができるように頼むよ

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もうね、精一杯生きたと思うよ
やりたいこともやったし
思い残すこともない
いい人生だったと思う

でもね、これからが最後の仕事だと僕は思うんだ
子供達に、自分が死んでいくところを見せないとならない
人は、こうやって死んでいくんだぞって

親として、これが最後にしてやれることだよ
先生、そう思わないかい?

だからね、先生
僕がうまく死ねるよう、本当によろしく頼むよ

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Pt's Voice=ペイシェンツ・ボイスは「患者の声」をデジタルアーカイブとして遺すプロジェクトです。

有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。
一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。
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しるし書店メディカル 開店

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3/2に、「しるし書店メディカル」の店長になりました。

【しるし書店とは?】

まず「しるし書店が何か」、ということをご存知ない方へ簡単に説明します。
本を買って読み終えた後に売ろうと思うと、いわゆる「キズもの」、つまり書き込みやドッグイヤーなどの折り目がついている本は安くなってしまうというのが一般的。

しかし、本当にそうか?と考えたのがキングコング西野亮廣さん。
それが仮に、ソフトバンクの孫正義さんがつけた書き込みやドッグイヤーであれば
「あの孫正義さんが、どんな本を選び、さらに本のどの部分に書き込みをしたのだろう」
と気になる方もいるのではないか?
それであれば、その本は1点ものとして、元々の本の価格よりも高く評価されることもあるかもしれません。
また、名もない一般人であったとしても、その方をよく知る人物からは「彼の読んだ本や書き込みに興味がある」と思ってもらえるかもしれません。

しるし書店は評価経済のひとつの形。
これまで様々な形で信用を積み重ねてきた人物の本は仮に高くても売れるだろうし、そうではない方の場合は売るのに苦労するかもしれません。
そしてまた、どんな本を出しても売れるというわけではなく、例えば同じ音楽関係の本が2冊出ていたとしても、作曲家が読んだ本と、八百屋さんが読んだ本では価値が違うはずです(その一方で、その八百屋さんが実は知る人ぞ知る音楽評論家で、界隈では超高評価で取引、とかになるのも面白いんだけど)。

自分は医師なので「しるし書店メディカル」として医療系の本を主に取り扱います。
そうやって、自分の専門性と商品がリンクするというのがいいですね!

【しるし書店アプリの具体的な使い方】

まずPC版がないのでスマホアプリをダウンロードする必要があります。

iOSの方はこちら
Androidの方はこちら

ダウンロードしたら、facebook連携をしたのちに、各種情報を入力します(口座を登録する必要があります)。
そうすると、自分の店を持つことができるようになります。
西智弘店はこちら!

そして、次に自分の本棚からお勧めの本を選んで、写真を撮って出品します。

お客さんが来れば、「購入希望者」のところにチェックがつくので、あとはその方と直接やりとりをして、成立すれば商品をお客さんへ届けます(購入希望者が複数いても「この人に読んでもらいたい」という方を選ぶこともでき…

病院は医師500人だけがいれば成立するか?

先日、とあるツイートがバズったんですけど、

将来医師になりたいという中学生さん。
「何か質問ある?」と聞いたところ
「薬剤師さんや検査技師さんとか、そういった裏方と一緒に仕事をしていくことの重要性は」
と言われたので
「うん、いい質問だね。まず、薬剤師や技師さんは『裏方』じゃないというところが重要だね」
と答えた。 — 西智弘@VALU📬 (@tonishi0610) 2018年1月25日
2万リツイート、3万ファボ。通知が止まなくてビビりました…。
ところでこれなんでバズったのかなって。
リプライみていると理由はいくつかあって

①中学生、なめんなよというdisり
②「裏方」っていう言葉の解釈が変だぞ!という指摘
③「そうだそうだ!」「よくぞ言ってくれました」というメディカルスタッフの声

とかが多かったんですけど、
①についてはもう本当にそういう意図はなくて、バズり始めた時に早々にフォローしたんですけど

このツイートそこそこバズっているのですが、その中学生さんをdisるコメントも来ているので一言。
私も、医師になる前はそう思っていました。看護師や薬剤師の専門性なんて誰も教えてくれなかった。
だから「いい質問」と言ったのです。
本気で医師を目指すなら、それを知れたことは大きな収穫。 https://t.co/2odVZHEXdr — 西智弘@VALU📬 (@tonishi0610) 2018年1月25日

②については、薬剤師や技師は「裏方」だし「裏方」として誇りをもって働いているし、それを言ったら本当の意味で表に立っているのは患者さんだけで、医師もある意味裏方なんじゃない?という意見。
これは確かにそういう解釈で言えばそうなんだけど、私が言いたかったのは、薬剤師や技師さんも、患者さんに接してその専門性を生かして仕事をしているわけで、医師がトップで薬剤師・技師が医師を支える職業ってわけじゃないよね、って意味だったので。

で、③なんだけど、これが一番多い意見で、私はある意味衝撃を受けたんです。
そんなに多くのメディカルスタッフが医師から虐げられた(軽く扱われた)経験を持っているのかと。
医師の教育って本当にかなりヤバいなと。
先ほどのツイートにもあったように、医師って本当に「チーム医療」というか他の職種の専門性について学ぶ機会ってほとんどないんですよ。社会人なんだから、自…

Pt's Voice014:捨てなくていい、って言われたとき、すごく気持ちが楽になったんです

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私には娘がいるんです。
まだ小さくて、かわいくて・・・

でも自分はその子を遺していかなければならない
ほんとうにそれがつらくって・・・

そうそう、自宅の整理も始めているんです
でも、若い時から集めた大量のレコードは捨てないことにしましたよ

先生この前
「娘さんが、大きくなった時にそのレコードをお聞きになるかもしれませんよ」
とおっしゃったじゃないですか
あれを言われて、すごく楽になったんです

もう捨てないと・・・きちんとお別れしないと・・・
って考えるのがすごいプレッシャーで。
でも「捨てなくていい」って言われたら、すごく楽になりました

あのレコードは娘に遺していこうと思います
レコードを聴いて、私のことを思い出してくれるかもしれませんしね

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デザイナー小林花が描く、身体のコンプレックスからフリーになるファッション

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暮らしの保健室で毎週第3水曜日に開催している勉強会「Small Labo」。
今回の講師は早稲田大学の小林花さんだったのだが、その内容が衝撃的過ぎた。

タイトルは『身体の多様性とファッション』

タイトルだけだと何のことかわからないだろう。
私もはじめは何のことかわからなかった。
しかし、そのプレゼンはこの世界の切り取り方を変えるものだった。

彼女のストーリーはこうだ。

旅行先の銭湯で、そこに来るお客さんたちの身体をずーっと見つめていたときに、人の身体カタチはよく見るとこんなにも違うのかと、とても驚いたのだそう。
一言で「太っている」と言っても、お腹周りを中心に肉がついている人もいれば、全体に肉がついているのだけど肩や足首のラインはすごくスッキリと見えるとか。
でも、既存の画一的な水着は、個々それぞれに違う身体の美しさを型にはめてしまう。
ビキニは元々、欧米人の豊かなバストと、丸みを帯びたヒップ、そしてその凹凸を強調するデザイン。東洋人はそもそも骨盤の形状が異なるので同じような美しさは出せないことが多い。
それにもかかわらず、私たちの常識はいつからか「(欧米型の)服に似合う身体こそが美しい」と思いこまされてしまっている。
本当はそうではないのに。



そこで彼女は水着やドレスなどのデザインを通して、
「個としての人間が自分に真にしっくりくるかたちで自分の身体を表現する手段を作ること」
と考えたのだそう。
どんな既存の服を着ても似合わない自分にがっかりして、コンプレックスを背負いながら生きる人生ではなくて、
自分を表現する服を着られれば、自分の体を愛せるようになり、これまでの常識からフリーになった生き方ができる。

そしてその先には、
「女はこう」「男はこう」といった性の/社会的役割の2色分割の世界観を自己や他者にあてはめる盲目をやめて、目の前の人間がその魅力や能力をストレートに発揮できる未来を描き、現実のカタチにする
ということを考えているのだそう。


例えば、バストが大きいことによって、水着を着るとその瞬間から「性の対象物」のように見られることが悩みだった女性へは、胸を完全に覆い、その代わりに身体の横を大きく開けたデザインの水着とすることで、その方の身体性の美しさを表現した。
生まれた時から男性性と女性性の両方を持っている方へは、身体の動きによって胸筋や腹筋を見せることで男…

Pt's Voice013:死んだら?空っぽだよ。何もない。

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死んだら?
空っぽ。
何もない。

過去にどう生きていたかって?
忘れた。

これからどう生きていきたいか?
今と同じなら何でもいいよ。

俺にとっては今が大切なんだ。
昔のこととか
これからのこととか
どうでもいい

ましてや、死んだ後のことなんか考えたこともないね

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Pt's Voice012:レールに乗って死を待つのも人生、レールから外れてそれに抗うのも人生

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先生が勧める治療はわかる
それが一番「正しい」方法だって言うんだろ
世界的な研究に裏付けされているって

でも、それで治った患者がどれくらいいるんだい?
延命はできたとしても、「治らない」っていう未来が見えているんだろ

俺は、そうやってレールに乗せられて決まった未来に行くようなのは嫌だ

医者が「正しい」っていう方法に乗らなければ、未来はわからないってことだろ
俺はそっちのほうがいい

俺にとってはそっちのほうが「正しい」んだよ

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Pt's Voice011:また、次の目標を考えないといけませんね

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家族と過ごせる時間も
それほどもう長くはない
でもいつそれがくるのか
誰にもわからない

だからあなたは
毎月のように予定を入れていましたね

先生
私 次の予定まではもつかなあ

先生
今月は大丈夫でしたね
また次の目標を考えないといけませんね

家族と少しでも
たくさんの思い出を作りたいんです
次の予定はもう無理かもしれないけど
何か未来があるのっていいですよね

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それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います(毎週月曜日更新)。

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10年前恩を贈った女子大生から、時を超えてレターポットが返ってきた話

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まだ20代のころ、医療現場に興味があるという女子大生から連絡をもらった。
医療系大学ではなかったのだが、

「興味があるなら、来れば?」

という軽いノリで答えたところ、その女子大生は本当に友人と2人で川崎に来た。
外来に同席してもらったり、病棟回診についてもらったり、実際に現場を見てもらったところで、

「どうして、私たちのような見ず知らずの人間を受け入れてくれたんですか?」

と聞かれたので、私はちょっと考えて、

「動機もしっかりしていたし、別にいいんじゃない?」

と答えたところ、その子は信じられない、という顔をしていたが私はそれでいいと本気で思っていた。
若い子たちが悩んでいたり、探求心をもってアプローチしてきたんだから、それに対して自分が持ってるもので応えられるなら惜しむ必要はないよね、という。


その後10年くらい、その子から連絡はなかった。
私もそんなことをすっかり忘れていた2017年、急にその子から連絡がきた。
そう「レターポット」で。


レターポットのサービスが始まって最初に手紙をくれたのが、なんとその子だった。
「あのときは、ありがとうございました」
時を超えて贈られたレターポット。
学校の先生とかだとよくあることなのかもしれないけど、教え子が大きくなって学校に会いに来てくれるってこんな感覚なのかな、とほっこり。
さらに、その子は私がいま挑戦中のクラウドファンディングの支援もしてくれた。

当時、別に見返りを求めて病院見学を受け入れたわけじゃない。
クラウドファンディングで恩返しをしてくれた!ということよりも、私は「立派になって…」というのを感じられた喜びの方が大きかった。

レターポットが作り出そうとしている「恩贈りの社会」というのは本当に最高だ。
恩返しを期待するんじゃなく、もっと別のものが返ってくることがあるという面白さ。
だから私はこれからもレタポおじさんとして、見ず知らずの人にレターポットを贈り続けるし、見ず知らずの人をインターンとして医療現場に受け入れていきたいと思う。

というわけで、医療に興味がある高校生・大学生の方は気軽に連絡してきてほしい。
いまも、将来の進路に悩んでいる高校生を「川崎においでよ!」と勧誘している。
泊るところがない、旅費がない、だからできない!なんてことであきらめないでほしい。
一緒に何とかできるよう考えよう。

西智弘のレターポ…

【原著論文】カレーと日本酒の調和性に関する対塩辛スコアを用いた比較研究

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【原著論文】
カレーと日本酒の調和性に関する対塩辛スコアを用いた比較研究
A Comparative Study Using "Tai-Shiokara score” on Harmony between Curry and Sake

西智弘1)、石井麗子1)、武見綾子1)、稲田清人2)、奥村佑子2)

1)一般社団法人プラスケア
2)株式会社サウンドキッチン

【抄録】
カレーと日本酒は、ともに日本を代表する食のひとつといえるが、その調和についてはかねてより多くの議論がなされてきた。これまでの報告は個人的な感覚に基づくものが多く、今回「対塩辛スコア」を用いたカレーと日本酒の調和性に関する比較試験を行ったため報告する。(方法)2018年1月30日に健康な男女25名を調査員として募集し、実際にカレー・日本酒・塩辛を食してもらい、その調和性について数値化して評価した。(結果)調査員23名が参加し調査を行った。全種類の対塩辛スコアは4.5点であった。10件以上の有効回答数があった日本酒に絞った場合、最もスコアが高かったのは「天吹」「天狗舞」であり、スコアが低かったのは「喜多屋」であった。(考察)本研究は、カレーと日本酒の調和性を「対塩辛スコア」を用いて客観的に評価することを試みた初めての研究である。カレーと日本酒の調和性は、塩辛には及ばないものの、評価としては比較的高かった。今後より多くの日本酒との調和性を検証し、その可能性について追求していくべきと考える。


(はじめに)
 カレーと日本酒は、ともに日本を代表する食のひとつといえるが、その調和についてはかねてより多くの議論がなされてきた。
 日本酒を構成する香りや味わいの成分は800種類と、ワインの600種類より多い。そのため、どんな味わいとも調和しやすく、またコハク酸という貝類の旨み成分としてよく知られている有機酸が入っていることも、料理のおいしさを引き立てることの一因と言われている1)。その結果として、日本酒は反発せずさまざまな料理に添って包み込む効果があり、米からできているお酒のために米と合う料理であればカレーも含め何でも合う可能性が高いと言われている1)。またその他にも、「純米系で濃厚な米の味をもつ日本酒」や「重厚で深いボディを持ちかつ柔らかい味わいを持った日本酒」であれば合うという報告も多数みられる2-4)。しかし一方…

カレーと日本酒は合うのか否か?レポート

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1/30に開催された「カレーと日本酒は合うのか否か?」のイベント。
当日は23名の方にお集まりいただきました!
一部、当日用いたプレゼンスライドも交えてレポートします!

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ネット上では、カレーと日本酒のマリアージュについて「合う」という意見と「全然ダメ」という意見とで二分されています。
「本当は、どっちなんだ!」
ということですが、これでさらに私個人が「合う!」とか「合わない!」と言ったところで、既にネット上にあるデータを覆すものにはなりません。

そこで今回、大勢で集まって、実際にカレーを食べ、日本酒を飲み、その疑問を検証するための企画が、この「カレーと日本酒は合うのか否か?」
単なる飲み会?いえいえ、これは厳正たる「研究」です!
日本酒と絶対に合う「塩辛」を基準に「対塩辛スコア」を設定し、皆さんには厳正なる審査をしていただきました。

まずは主催者の私から、イベントの趣旨や研究の面白さについてプレゼン。

そして、実際にカレーと日本酒、そして塩辛で「審査」してみました。
点数のつけ方ですが、塩辛と日本酒のマリアージュを「5点」としたときに、カレーと日本酒では何点か?を評価をするというもの(これが「対塩辛スコア」)。
つまり、「めちゃくちゃ合う」10点、「これはないわ」0点、「ほぼ同じ」5点、という感じです。

ということで、審査スタート!ひとり2~3種類の日本酒を評価します。



あちこちから「合う」「合わねー」という声が聞こえる一方で、段々と酒が進み、やっぱり単なる飲み会?状態にw
それでも最後まで審査用紙を埋めてくださったみなさん。
最終的には、用意したお酒はぜんぶ空っぽ(3升以上用意したのですが…)。
お店に追加注文をしてくださる方もいて、21時半終了の予定だったのが、23時頃まで残って飲んでしゃべってと盛り上がりました。

そして回収した結果を集計したものがこちら!

「やっぱり塩辛の方が日本酒には合うよね!」
という結論に。
「カレーと日本酒は合うよ!」という事前情報が多かっただけに、ちょっと驚きの結果になりました。
でもよくよく考えてみればそれらの事前情報は「~と比べてカレーが合う」というものではなかったので、「塩辛と比べればさすがに合わないけど、カレーもそんなに悪くはないよね」という結果だと考えれば、妥当な…