2012年7月30日月曜日

井田病院に念願のカフェ!

7/30、井田病院に念願のカフェがオープンしました!

見てのとおり、ドトールさん。
あの井田病院にドトールが入るなんて・・・と、ちょっと感動。

井田山周辺には、カフェどころか実はコンビニもほとんどなかったので(山の麓までおりればあるんですけどね)、近隣の方々にも朗報ではないかしら?と思います。
近隣の方々もお気軽にお越し下さい。
コーヒーだけではなく、ティーもあるようです。

私はまだ買えていないので、明日朝に病院ついたらカフェラテでも買おうかな~と思ってます!

井田病院、夜のがんサロン盛況!

7/26に、初の(たぶん全国でも初の)「夜のがんサロン」が開催されました!
結果、6名のかたにご参加頂き、とても盛り上がりました!
「夜だと、仕事終わってから駆けつけられるのでよい」
「夜の方が、来るのに涼しくていい」
「夕日を見ながら、という雰囲気がいい」
など、ポジティブな意見をたくさん頂きました。

ボランティアさんも、わざわざ夜まで残ってサポートして下さいました。
感謝!

8月以降も、夜のがんサロンは続けていく予定ですので、今後とも皆様よろしくお願いします!

【川崎市立井田病院 がんサロン】
第2木曜日 14:00~16:00

第4木曜日 18:00~20:00
川崎市立井田病院 新棟7F展望ラウンジ

8月の勉強会テーマ「緩和ケアってなんだろう?」:緩和ケアって知っていますか?終末期のケア?いえいえ、そんなことはありません。緩和ケアは、がんと診断されたそのときから皆様の「生きる」をサポートするケアです!

2012年7月18日水曜日

ムダな会議はやめたまへ

最近、いろいろな会議に出席したり、出席した人の話を聞いている中で感じた違和感を綴る。

ムダな会議っていうもんがある。
私はムダな会議が嫌いだ。
そもそも会議自体が嫌いなのかもしれない。

会議の内容は別にわざわざ集まらなくてもいいような内容では?
メールやSNSで議論すればよかったんでないの?という。

ブレインストーミングやワークショップ形式の会議は、時として有用である。
それはお互い顔をつきあわせて、議論することでできる「熱」のようなものが、議論をさらに促進させていくから。これはさすがにネットでは難しい。
しかし、ブレインストーミングは何かプロダクトを生み出す手法ではない。ブレインストーミングで出た内容を収束させ、結論に近いものを生み出す過程が必要だが、それも正確に言えばプロダクトではない。

会議のプロダクトは、それが単なる連絡事項の会議や勉強会でもない限り、実践につながる戦略である。
時々、実践につながらない結論(のようなもの)を出すことで満足するような集まりや、本当にブレインストーミングのみを行って次回につなげない会議なども見るが、本当に時間の無駄である。
会議の中で話し合われた内容は、参加者の心の中に残るから、それが次につながっていく・・・だから有意義だ・・・と思われる方もいるかもしれないが、得てして、そういう場合、次回の会議でも同じようなところをぐるぐると繰り返し、一向に戦略が進まないことが多いものだ。気がついたら数年前と同じような内容を議論しているようなこともある。「まだそんなテーマで話しているの?」っていう。
我々の時間は有限であるし、時代はめまぐるしく変化し、我々の遅々とした歩みを待ってくれない。
自分の領域で言えば、2025年はすぐに来る、ということだ。
も少し言えば、会議が1時間行われればそれ相応のコストが発生しているわけだから、それを回収できるプロダクトを生産できないならそれはリストラの対象である(それぞれが別の仕事をしていた方が利益率が高いかもしれないし、会議にかける時間を削減することで残業費が減るかもしれない)。例えば時給1000円のスタッフが10名集まって1時間会議をすれば1万円、その結果得られた結論はきちんとした「商品」となっているか、ということなのである(もちろん1万円かけてつくったプロダクトは1万円以上の価値が無いとならない)。1回ではプロダクトが得られない場合は1年間かけて、ということも多いとおもうが、その場合はコストはさらに膨らむ、ということも考慮すべきだ。

とても細かい点に拘泥して、本質的な議論・進むべき方向性が忘れ去られたり、歩みが遅くなるような会議も嫌いだ。幕末の薩長同盟が結ばれるまでの各藩の対応と、坂本龍馬の考えの相違が良い例かもしれない。あくまで何のために会議をしているか忘れてはならない。そういう意味ではブレインストーミング的なディスカッションはよほど上手に司会し、次に進めるための方向性や何のために意見を出し合っているのか、を参加者に意識させ続けないと、議論は絶対に収束していかないし枝葉の(ある意味どうでもいい)意見が増えていく要因になる(ブレインストーミングのみならそれで成功、とも言えるかもしれないが)

何度も言うが、ブレインストーミング系の会議は「何かを生み出したような気になる」から、本当に注意して欲しい。自らがそういうのに参加していると、それが素晴らしいことだ、これからも何度もやるべきだ、と思えてくるから不思議だ。
まあ、人間は話したい動物だ。話して自分を理解して欲しいという欲求がある。その意味ではブレインストーミングはその欲求を満たす美酒のようなものなのかもしれない。珠玉の言葉の中で酔っていてもそれは内輪の自己満足かもしれないと自省すべきだ。珠玉の言葉たちだって醒めてしまえば夢のごとし、である。プロダクトとして残さなければ(もしくは何かにつなげなければ)それぞれの記憶の中で消えてしまうし、社会には届かない。ブレインストーミングをして、その後に何につなげていくかを(各々ではなく会議の中で)考えない限り、会議としての意味は無いし、組織も地域も社会も、何も変えることはできない。

2012年7月15日日曜日

緩和ケア指導者講習会

PEACEプロジェクトの指導者研修会が終わりました。

PEACEプロジェクトとは「がん診療に携わるすべての医師が、緩和ケアについての基本的な知識を習得し、がん治療の初期段階から緩和ケアが提供されることを目的に、これら医師に対する緩和ケアの基本的な知識等を習得するための研修会」を行うプロジェクトで、全国で10万人の医師に緩和ケアの基本教育を行うことを目指しています。
もちろん、教育するためには指導者が必要、ということで、昨日から2日間、指導者になるための講習を受けてきたわけです。

講習を通じて、私は「ピアノのレッスンみたいだなあ」という印象をずーっと抱いていました。

指導者の卵たちは、1日目に講義やファシリテーターの見本講義を受け、2日目はPEACEで使用するスライドを用いて、自ら模擬授業をします。
スライドは見本講義と同じものを用いるため、自ずと内容は似たようなものになりそうですが、講演者が変わると内容も全然変わってしまうから不思議です。
まるで、同じ楽譜を見て演奏していても、初学者とプロが奏でる音楽が全く異なるように・・・だなあ、と感じたわけです。
スライド作成者が、一枚一枚に込めた意味。それを解釈し、ある部分は強調し、ある部分では言葉を足す・・・、それはまるでバッハやベートーベンが曲に込めた意味、その中でこの1音は何を意味しているのか、と解きおこしていく作業と一緒なのではないかなあ、と。
普段は、我々は講演など行うときには大抵は自作のスライドを用いるので、それはいわば作曲をしている、ということです(もちろん作曲の能力が高い方もいればそうでない方もいます)。普段、自作自演に慣れてしまっているので、完全に他の人が作った曲を弾く、なんていうことに慣れていないわけで、うまく解釈できなければ楽譜に書いてある音符の通りにただ鍵盤を押すだけ、という演奏になってしまいます。これはとても新鮮な感覚でした。

また、指導者になる、ということは、今後は演奏するだけではなく、指揮者にもならないと、ということ。
PEACEという楽曲に込められた思いは何か?考えて伝えなければなりません。

私が、PEACEの最初の定義に対して疑問を抱くところとしては、
我々が講義をして、
初学者に緩和ケアの基本を教え込んだとして、
彼らが次の日から緩和ケアを実践できるか、と言われると、ちょっと疑問ではあります。
そもそも緩和ケアに興味はないけど、義務だから受けた、という医師や、
知識は得たけど、それほど担当している患者さんの中に緩和ケア対象の方が多いわけではない(と思っている)から、記憶が定着しない、などもあるのではないかと。
PEACEを10万人に受けてもらって、それだけで「がん治療の初期段階から質の高い緩和ケアを提供できる社会になっているか」というのには不安が残るところであるわけです。

だとしたらPEACEの意義はどこにあるのか。
私は、一番は「緩和ケアの基本的な考え方を知ることで、医師の緩和ケアに対する抵抗感を減らす」ことではないかな、と思っています。
やはり、以前は、緩和ケア=終末期ケアだから、自分の受け持ち患者さんに緩和ケアについての話はできないし、モルヒネへの抵抗感がある、という医師は少なくなかったと思います。
それが、誤解であるということが段々と広がり、診断時から必要に応じて専門的緩和ケアサービスが入れる素地ができてきたことが非常に有用だったのではないかと(我々専門医が治療医と隔絶されなくなり、結果として早期から緩和ケアが患者さんに届くようになってきた、もしくはその準備段階にある)。
もうひとつは、今後、緩和ケアに興味を持ってもらうための入り口、という機能です。
知らないものには興味を持ちようがない。
でも、研修会を通して一端を知ることで「面白そうだからもっと勉強してみよう」という医師が現れるだろう、という期待です。それはいずれ、独学で勉強することでもかなり本格的な緩和ケアを提供できる医師に成長するかもしれませんし、さらには全国の専門施設に出て未来の緩和医療を背負う人材になるかもしれません。

さて、そう考えると指導者の指導の仕方、今後の研修や院内体制の持って行き方、というのが見えてくるのではないでしょうか。
これまでもいくつかの緩和ケア研修会に参加しましたが、「研修会を開くこと」そのものが目的化していているのでは?と思われるような会もあります。
少なくとも、オタク的な専門知識を羅列するような研修会にしてはいけませんし、そもそもそんなこと言っても参加者の頭に残らないでしょう。
それよりも
コンサルテーションを行うタイミングを特に強調するとか、
早期から関わることが普通という行動変容を促すとか、
とにかく緩和ケアって楽しいんだよ!患者さん・ご家族にとっても喜んで頂ける仕事だよ!と強調するとか、
でしょうか。

PEACEの目指すところは、もちろんもっと高いところにあると思いますが、
理想と現実のバランスを取らなくては、指導者の自己満足で終わってしまいます。
理想は見据えつつ、現実として押さえるべきところは押さえる、ということを考えながら、徐々に高みを目指して行ければと思っています。

2012年7月13日金曜日

がんサロン「夜の部」開催

7/26(木)18:00~20:00 川崎市立井田病院にて、がんサロン「夜の部」が開催される。
がんサロンの開催形式は色々あり、常設型や時間限定型が多くを占めると思われるが、ここまで遅い時間に開催するサロンはまれだろう。
もしかしたら全国で初めての試みかもしれない。

そもそもは、若い世代・仕事をしている世代のがん患者さん、家族、の方が、平日日中だと仕事を休まないと来られない!という声から生まれたものである
もしかしたら、子育て世代のママさんたちも、家事を終わらせて・・・、帰ってきたダンナに子供を預けて・・・というところで来られる、という方もいるかもしれない(それもハードル高いかもだが。院内に託児所があればいいのだけど・・・)。

しかし、そうは言っても正直、今回の企画は一種のチャレンジである。
どれくらいのニーズがあるかもわからない。
特に、井田病院は患者さんの年齢層が比較的高く、若い患者さんは少ない印象があるからなおさらだ。
そんな状況でも、夜遅くまで残って一緒にがんサロンを運営してくれると言ってくれたスタッフに感謝したい。

一方、昼のがんサロンは低調である。
初回こそ7名の参加者がいたが、2回目は2名、3回目はゼロ、と確実に参加者は減っている。
特にリピーターが少ないことが問題点であり、それはつまり「次も参加してみよう」という魅力的なコンテンツを提供できていない可能性を示唆している。
もちろん、まだ3回目であるから、たまたま参加できなかった可能性、天候が悪かった、2ヶ月に1度くらいの参加にしようと思っていた・・・など、様々な要因もあるのかもしれない。
他にも、勉強会のテーマが面白くなさそう、宣伝が不足/不適切、など改善の余地もあると考えるので、色々と試行錯誤しながら、ニーズを探っていくことが重要である。

まず、7/26の夜のがんサロンは、隠れたニーズを探る第一歩である。
数ヶ月は少なくとも継続して続けてみて、昼と夜、どのようなニーズの違いがあるか?そもそも本当に夜のニーズはあるのか?話し合われるテーマの違いは?参加者の世代の差はあるか?など観察していきたいと思う。

そしてまた患者さん達から色々なご意見を頂き、意義のあるサロンにしていきたいものである。

【川崎市立井田病院 がんサロン「夜の部」】
7/26(木) 18:00~20:00
川崎市立井田病院 新棟7F展望ラウンジ
勉強会テーマ「がん治療総論」:がんの基本的治療である手術、放射線治療、抗がん剤について、簡単に解説します!
※今後しばらく、第4木曜日は18:00~の夜の部、第2木曜日が14:00~の昼の部となります(勉強会テーマは両方とも同じです)。