緩和ケア指導者講習会

PEACEプロジェクトの指導者研修会が終わりました。

PEACEプロジェクトとは「がん診療に携わるすべての医師が、緩和ケアについての基本的な知識を習得し、がん治療の初期段階から緩和ケアが提供されることを目的に、これら医師に対する緩和ケアの基本的な知識等を習得するための研修会」を行うプロジェクトで、全国で10万人の医師に緩和ケアの基本教育を行うことを目指しています。
もちろん、教育するためには指導者が必要、ということで、昨日から2日間、指導者になるための講習を受けてきたわけです。

講習を通じて、私は「ピアノのレッスンみたいだなあ」という印象をずーっと抱いていました。

指導者の卵たちは、1日目に講義やファシリテーターの見本講義を受け、2日目はPEACEで使用するスライドを用いて、自ら模擬授業をします。
スライドは見本講義と同じものを用いるため、自ずと内容は似たようなものになりそうですが、講演者が変わると内容も全然変わってしまうから不思議です。
まるで、同じ楽譜を見て演奏していても、初学者とプロが奏でる音楽が全く異なるように・・・だなあ、と感じたわけです。
スライド作成者が、一枚一枚に込めた意味。それを解釈し、ある部分は強調し、ある部分では言葉を足す・・・、それはまるでバッハやベートーベンが曲に込めた意味、その中でこの1音は何を意味しているのか、と解きおこしていく作業と一緒なのではないかなあ、と。
普段は、我々は講演など行うときには大抵は自作のスライドを用いるので、それはいわば作曲をしている、ということです(もちろん作曲の能力が高い方もいればそうでない方もいます)。普段、自作自演に慣れてしまっているので、完全に他の人が作った曲を弾く、なんていうことに慣れていないわけで、うまく解釈できなければ楽譜に書いてある音符の通りにただ鍵盤を押すだけ、という演奏になってしまいます。これはとても新鮮な感覚でした。

また、指導者になる、ということは、今後は演奏するだけではなく、指揮者にもならないと、ということ。
PEACEという楽曲に込められた思いは何か?考えて伝えなければなりません。

私が、PEACEの最初の定義に対して疑問を抱くところとしては、
我々が講義をして、
初学者に緩和ケアの基本を教え込んだとして、
彼らが次の日から緩和ケアを実践できるか、と言われると、ちょっと疑問ではあります。
そもそも緩和ケアに興味はないけど、義務だから受けた、という医師や、
知識は得たけど、それほど担当している患者さんの中に緩和ケア対象の方が多いわけではない(と思っている)から、記憶が定着しない、などもあるのではないかと。
PEACEを10万人に受けてもらって、それだけで「がん治療の初期段階から質の高い緩和ケアを提供できる社会になっているか」というのには不安が残るところであるわけです。

だとしたらPEACEの意義はどこにあるのか。
私は、一番は「緩和ケアの基本的な考え方を知ることで、医師の緩和ケアに対する抵抗感を減らす」ことではないかな、と思っています。
やはり、以前は、緩和ケア=終末期ケアだから、自分の受け持ち患者さんに緩和ケアについての話はできないし、モルヒネへの抵抗感がある、という医師は少なくなかったと思います。
それが、誤解であるということが段々と広がり、診断時から必要に応じて専門的緩和ケアサービスが入れる素地ができてきたことが非常に有用だったのではないかと(我々専門医が治療医と隔絶されなくなり、結果として早期から緩和ケアが患者さんに届くようになってきた、もしくはその準備段階にある)。
もうひとつは、今後、緩和ケアに興味を持ってもらうための入り口、という機能です。
知らないものには興味を持ちようがない。
でも、研修会を通して一端を知ることで「面白そうだからもっと勉強してみよう」という医師が現れるだろう、という期待です。それはいずれ、独学で勉強することでもかなり本格的な緩和ケアを提供できる医師に成長するかもしれませんし、さらには全国の専門施設に出て未来の緩和医療を背負う人材になるかもしれません。

さて、そう考えると指導者の指導の仕方、今後の研修や院内体制の持って行き方、というのが見えてくるのではないでしょうか。
これまでもいくつかの緩和ケア研修会に参加しましたが、「研修会を開くこと」そのものが目的化していているのでは?と思われるような会もあります。
少なくとも、オタク的な専門知識を羅列するような研修会にしてはいけませんし、そもそもそんなこと言っても参加者の頭に残らないでしょう。
それよりも
コンサルテーションを行うタイミングを特に強調するとか、
早期から関わることが普通という行動変容を促すとか、
とにかく緩和ケアって楽しいんだよ!患者さん・ご家族にとっても喜んで頂ける仕事だよ!と強調するとか、
でしょうか。

PEACEの目指すところは、もちろんもっと高いところにあると思いますが、
理想と現実のバランスを取らなくては、指導者の自己満足で終わってしまいます。
理想は見据えつつ、現実として押さえるべきところは押さえる、ということを考えながら、徐々に高みを目指して行ければと思っています。

コメント