2017年6月6日火曜日

『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』がいよいよ発売!

『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』がいよいよ発売されました!
アマゾンでの販売サイトはこちら→  http://amzn.asia/4fWNZ1V

実際、がんや高齢者医療に携わっている医療者であれば「あと、どれくらい生きられるのでしょうか?」という質問は、患者本人や家族からしばしば問われるでしょう。
これまでは、その「問い」に対して個々人の経験からの中で試行錯誤したり、同僚医師のやり方を真似ることで対応せざるを得ませんでした。「余命をどのように伝えるべきなのか」について、国内で書かれた参考書はほとんどなかったからです。
海外の教科書には、記述がありました。しかし、その内容は必ずしも日本人にもそのまま当てはめられるものとは感じられませんでした。
なので私は、海外でのエビデンス、そして近年研究されつつある日本でのエビデンスをまとめつつ、日本古来からの文化や死生観を併せて記述することで、日本国内でも通用する「余命の告知」の方法をまとめたいと思ったのです。

伝え方がわからない、どのように伝えても患者を傷つけるだろうことには変わりない…それであれば「余命を伝えるべきではない」と考えることにも一理あります。
実際、私自身がそのように考え、そのようにしていたこともありました。
しかし、そのコミュニケーションでは、明らかに満足いかないという表情を浮かべる方々が数多くいました。
その時思ったのです。「患者さんたちはどうして知りたがっているんだろう?」と。

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症例:斉藤隆史さん(52歳 男性)

斉藤さんは都内の大手商社で部長職を務め、大きなプロジェクトを数多く動かしてきました。しかし、2年前に胃の不調を訴え、近医で胃カメラを施行したところ、胃癌の診断となりました。
近隣の総合病院で手術を行いましたが、1年前に腹膜転移にて再発と診断されました。その後は腫瘍内科を紹介され、抗がん剤治療を受けることに。しかし副作用も強く、薬剤の減量や変更などを行いながらなんとか続けてきましたが、「副作用のため仕事に集中できない。私にとっては今の仕事を続けられることの方が大切なのです」と、抗がん剤治療を断念。その後は地元の緩和ケア医を紹介され、通院を継続しながら会社にも通勤していました。幸いにも、がんに伴う症状はほとんどなく、
「このままもう少しでも仕事が続けられたらいい」
と、斉藤さんは願っていました。しかし、いま動かしているプロジェクトのうち、最も重要なものは少なくとも半年後まで目処をつけることは難しい状況です。
「早めに誰か他の人に、プロジェクトの管理を任せた方がいいかな…」
「いや、でもこの仕事を成し遂げるために抗がん剤治療まで止めたのに…。ここで他の人間になんて任せられるものか…!」
と、思いは揺れます。そこで本日の定期の外来で、斉藤さんは緩和ケアの主治医に、今後の見通しについて聞いてみようかと考えています。
一方、斉藤さんの主治医は30代で、緩和ケアの経験はまだ浅いが、まじめで朗らかなことから、患者にも人気のある医師でした。斉藤さんは、1か月前にこの医師に受診し、
「なんだか頼りない先生だな」
と思ったものの、
「まあ、悪い人ではないのだろう。まだ若いしな」
という印象を持っていました。さて、今日の面談の行方はどうなるでしょうか。 



 このマンガのように「本当は知りたかったのに」という例が中にはあるので、「余命については伝えない」という方法では不十分という場合もあります。また、患者さんのほうも「先生が何も言わないということは、大丈夫なのだろう」と考えて、仕事の引継ぎや家族・友人への別れが不十分なままに、一気に病状が悪くなって「やりたかったことができなくなってしまった」ということが発生することもあります。
 患者さんが「何をどこまで知りたいか」ということを評価せずに、一律に「余命は告知すべきではない」と決めてかかることは、患者さんにとって好ましいことではありません。
まず、「どうしてそれを知りたいと思ったのか」「自分ではどれくらい生きられると考えたりしたことがあるか」といったことを丁寧な対話の中から探りつつ、必要であれば余命についても伝えていく、ということを考えていかなければなりません。

 では、それを伝えていくにしてもただ単に「そうですね、3ヶ月です」という伝え方では全く不十分です。そのような不遠慮な伝え方をするくらいなら、確かに「何も伝えない」ほうがまだ良いと言えるでしょう。
 実際にどのような伝え方のバリエーションが考えられるのか?それについてはまた次回のブログでご紹介します。

 今すぐ知りたい!もっと詳しく知りたい!という方は、ぜひ『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』をお買い求めいただき、本編をお読みください!

2017年4月28日金曜日

「余命の告知」についての書籍を発売します!

「自分があとどれくらいの時間をこの世で過ごすことができるのだろうか」と考えたことがある方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。一度くらいは考えたことがある方はいらっしゃるかもしれません。しかし、それを日常的に考えながら過ごしている方となれば、数はぐっと少なくなるでしょう。

そこで、想像してみてほしいのです。突然あなたの前に現れた誰かが「あなたに残された時間はあと3か月です」と告げるということを。その時あなたはどのように感じ、そしてそれを告げた人物に対し、どのような感情を抱くであろうかということを。

「余命を伝える」ということは、医師にとっても難しいコミュニケーションのひとつです。
それにもかかわらず、それを学ぶ場というのは限られており、医師は日々試行錯誤しながら、患者さんや家族との対話に臨んでいます。

そこで今回、青海社さんから
大切な人に「残された時間」を告げるとき -余命の告知Ver. 3.1
というタイトルで、本を出版する運びとなりました。新城拓也先生、吉田沙蘭先生、武見綾子さんをはじめ、多くの方々にご協力いただいてできた本です。
6月頃に刊行の予定ですが、今回は作画を担当頂いたこしのりょう先生、青海社さんの御厚意で、書籍内のマンガ部分を特別に事前公開いたします!
ちなみに、このマンガは3部あり、残りの2部についても随時公開していく予定です。


2016年11月11日金曜日

12月、2月「モトスミがん哲学カフェ」開催案内

「がん」の悩みを

私たちと語りませんか?



「がん哲学カフェ」とは、がん患者さんとそのご家族と医療者とが、カフェのリラックスした空間で、対話するための場所。「がんであっても笑顔を取り戻し、人生を生きることが出来るように支援したい」と願う、順天堂大の樋野興夫先生によって発足されました。

「病気を抱えて、どうやって生きていったらいいのか」「これから、どんな治療を受けていったらいいのか」とお悩みの方へ。私たちとの対話を通じて少しでもお気持ちが整理されるよう、お手伝いをさせて頂きたいと思っています。お気軽にご利用下さい。

【開催内容】

・12/3(土)14時~17時

・2/25(土)14時~17



123組、各組1時間程度、がんの専門医師とがん看護専門看護師が、がんに関するどんな相談でも受け付けます(診療行為は行いません)。対象は「がん患者さん」「がん患者さんを支えるご家族」です。申込制ですので、お早めにご連絡下さい。



・開催場所:ida cafe


(川崎市中原区井田中ノ町33-9 http://ida-cafe.com/


東急東横線元住吉駅西口から、ブレーメン通りを抜けて徒歩10分(850m)。井田小学校えんじゅ門の近隣です。



料金:無料 (飲み物は、各自ご注文下さい)



予約がない場合は開催されないことがあります。
【申し込み、お問い合わせは下記まで、メール、FAX、または電話でお願いします】

川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター   西 智弘
TEL: 044-766-2188   FAX: 044-788-0231
e-mail: info@kosugipluscare.com

西 智弘(にし ともひろ):川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/緩和ケア内科 医師

2005年北海道大学卒。室蘭、川崎で家庭医療、内科、緩和ケアを研修後、2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科。2012年から現職。緩和ケア、抗がん剤治療や在宅医療に携わる。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。

2016年10月14日金曜日

個別の案件と一般化事項を混同させてはいけない

癌治療学会の騒動もひと段落つきましたが、今回の騒動に関連して様々まきおこる意見に対し、興味深く拝見していました。

その中で、以前からブログに書こう書こうと思っていたのが、表題にある

「個別の案件と一般化事項を混同させてはいけない」

です。

これはどういうことかと申しますと、今回の件のように非標準治療に対して、標準治療側が「エビデンスがない」「インチキ医療だ」と騒ぎ立てると、逆に「人間はエビデンスだけで語れるものではない」とか「標準治療が無くなったら大人しく緩和ケアを受けて死ねということか」という反論が返ってきます。
ですが、ここで前者の主張は「一般化事項」について話をしているのであって、後者は「個別の事案」について話をしています。だから、いつまでたっても議論はかみ合わず平行線になります。

これは、倫理学に関する分類の中で、そもそも「倫理」というのは法律で規定されるものではなく、その特定の集団内でOKかNGかをみんなで決めているもの、といった面がありますが、そこに「生命倫理」と「臨床倫理」があるとされています。
例えば、「脳死は人の死か」という命題は「生命倫理」に関するテーマです。一般的に、日本人としてどのように考えていくのがいいのか、といったことを検討します。
その一方で、「20歳の男性が、交通事故で脳死状態になった。本人は臓器提供意思カードを持っており、そこには全ての臓器を提供する意思が記されていた。しかし、両親は『息子はまだ死んでいない、臓器提供は認めない』と拒否している。この20歳の男性についてその死を認めるべきかどうか」といった命題を扱うのが臨床倫理になります。
この例をみてもわかるように、「脳死は人の死か」というテーマは10年ほど前にはかなり熱い議論が行われ、いまだその結論は出ていないものの、臓器移植を前提とした特殊な状況においては「脳死は人の死である」ということが、決められた、という感じになっています。
その一方で、後者の命題では、生命倫理で行われた議論とは、まったく別の次元で議論しなければなりません。それはこの命題が「個別化された案件」だからです。

話をがんにおける標準治療と非標準治療に戻しましょう。
エビデンスは、その研究で示された条件と同じ行動をとれば、そのエビデンス通りのことが95%の高い確率で再現されることが一般的にわかっている「一般化事項」です。それに対し、非標準治療は仮にどんなに良心的な医師が提供しているものであれ、行っている内容がどんな人にどれくらい有効で、逆にどの程度効果がないのか、といったことも全く分からない「個別化案件」です。

標準治療を勧める医師が、公開された講演の場やSNS、また著作などの中で「一般的に患者さんにどういった医療を勧めるか」ということを述べるとするならば、それは「一般化された事項」であるしかなく、一般化されるというのは、受け取る側がどういった背景や知識レベル、思想などを持っていたとしても、一般的にかなりの高確率で有効であり安全である、ということについて話す以外にはないのです。そういった公開の場で、「非標準治療でがんが小さくなった例が1例いる」と話せば、それを聞いた聴衆のうちの一部は、「自分にも効果があるのではないか」と思うということです。しかし実際には、その治療で効果があった1例の背後に何万人という「効果がなかった」人がいるかもしれないのです。
こういうと、「患者さんの知識レベルをバカにするのか」「聞いたうえでどう行動するかは自己責任では」と反論を受けそうですが、それもまた「個別化事案」なのです。「一般化された事項」について伝える意図を持っているときは、それを聞いた聴衆全員がどんな行動をとるかを予測できないのであれば、その話した内容に責任を持てるゼロリスクの範囲のことしか話せないし、話すべきではないということなのです。

一方で、診察室の中でマンツーマンでお話しているときは、それは「個別化された案件」なので、非標準治療についての話だってしてもよいのです。もちろん、エビデンスについての話もするのですが、それ以上にその患者さんの背景、生き方、価値観なども含めて話し合い、そのうえで「私は非標準治療を受けることが自分の生き方に合っている」と患者さん自身が結論付けるのならば、その生き方を含めてどう支えるかということを医師は考えます。
逆に言えば、こういった「個別化案件」についてまでエビデンスという「一般化事項」のみで話をしようとすると、その関係性は破綻する可能性もあります。これもまた、議論がかみ合わないからです。

多くの「かみ合わない議論」が、この「一般化事項」と「個別化案件」をごちゃごちゃにして議論していることからくるものであることが、その目で見ると明らかになってきます。

「エビデンスは大事だ」 → 一般化
「多くの患者さんが標準治療によって延命を図ることができる」 → 一般化
「抗がん剤には多くの副作用があったり、効果が出ない方もいる」 → 一般化
「そういったことで標準治療ができなくなったかたは緩和ケアへの専念を勧められる」 → 一般化
「あとは緩和ケアといわれたら、私はもう治療を諦めて死を待てということか」 → 個別化
「エビデンスと言うけれど、そんな冷たい数字や確率で人生を決められたくない」 → 個別化
「私は、それでも非標準治療を受けたいというのは正しいと思う」 → 個別化

Evidence Based Medicine(EBM)は、私が改めて言うまでもないことですが、エビデンスを吟味するところまでは一般化事項についての話なのですが、その5つのステップの4つめに、「批判的吟味した情報の患者への適用」があり、そこからは「個別化案件」の世界の話なのです。だから、エビデンスだけを個別の患者さんに対して話すのは間違っているし、その一方で、公開の場でさも一般化される事項のように、個別の案件を話すことも間違いなのです。
また、こういった現象は、日常のカンファレンスの中でもまま繰り広げられる場合があるので、どこから一般化事項と個別化案件が切り替わったかに注意してみていると、最終的に議論がかみ合わなかった理由が見えることもあります。ぜひご活用ください。

2016年10月6日木曜日

少量抗がん剤治療(休眠療法)には有効性を示すエビデンスがないのか

 癌治療学会が、「がん撲滅サミット2016」と称して、少量抗がん剤治療や免疫療法などを提供しているクリニックを演者として市民公開講座の共催を予定している問題で、すでに各方面から抗議の声が上がっていますが、この記事を書いている時点では特に学会本部からの回答は見られていません。

ここで、私自身「少量抗がん剤治療(休眠療法)は有効性を示すエビデンスがない」と言っていますが、本当にエビデンスがないのかもう一度確認するべく、論文のレビューを行いました(栃木がんセンターにいた2009か2010年に一度行って以来です)。その内容について、他の方々にとってもご参考になるかもしれないと思い、ここに記す所存です(ただし、患者さんが読むにはやや専門的な内容です)。

最初にお断りしておきますが、今回行った文献レビューは、きちんとしたシステマティックレビューではなく、ナラティブレビューになりますので、落としている論文は多々あると思います(また内容については抄録レビューのみです)。ただ、調べ方については公開しますので、その過程で自分の主張に合わないからと意図的に論文を落としたりはしていません。もし、私が落としている論文で「このような有効性を示す論文がある!」というのをご存知の方がいらっしゃれば、お受けしますので情報お待ちしております。

今回、レビューを行うにあたっての基準は
①固形癌かつ切除不能・転移再発癌を対象とした研究であること
②10名以上のヒトを対象とした研究であること
③PhaseIおよび基礎研究は除く
としました。

●日本語サイトで情報を調べてみる
まず、日本語による検索サイトで、どの程度の情報が出てくるのかを試してみました。
「がん 休眠療法」でGoogleを検索すると50500件がヒットします。その1~5ページまでに、臨床試験に関する記事は見つかりませんでした。
次に「がん 休眠療法 臨床試験」で検索すると16700件がヒットします。そのうち、臨床試験に関する記事は1件見つかりました。この試験は55名に対するメトロノミック療法の予備試験という位置づけで、今後PhaseIIを企画しているとのことで、その動向は期待される結果であると考えますが、現時点では臨床応用できません(https://www.cancerit.jp/7257.html)。


●PubMedで調べてみる
がん休眠療法の提唱者である高橋豊先生(金沢大)が英訳として「Tumor Dormancy Therapy」としているとのことで、そのワードで検索すると540件がHitします。
上記に対し「Clinical Trial」でLimitationをかけると11件がHitします。
そこで出てくる論文で、条件に当てはまるものは、全て日本からのもので、
・胃 21例 S1(+low dose DTX) レトロ 2009
・婦人科 11例 low dose PTX レトロ? 2005
・大腸 17例 low dose FP 前向き 2004
というもので、いずれも少数かつ単アームの試験のため、有効性を検討できるものはありません。

●医中誌で調べてみる
「がん 休眠療法」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると98件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものはありませんでした。

「Tumor Dormancy Therapy」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると119件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものは、
・大腸 17例 low dose FP and 5FU/LV+CPTでMST23.3ヶ月 2004
・前立腺 18例 low dose CDDP+MMC RR27% 2003
・胆管 10例 low dose FP RR10% 2001
・大腸、胃 16例 low dose CPT RR50% MST11.5ヶ月 
というもので、いずれも少数かつ単アームの試験のため、有効性を検討できるものはありません。
ちなみに、最後のCPTの試験は高橋豊先生によるものであり、この研究だけなら現在の標準治療であるS1/CDDPのSPRITS試験のデータにも劣りません(が、高橋先生の研究はその後があるので後述します)。

「低用量化学療法」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると119件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものは、
・全がん 16例 温熱療法+low dose化学療法 で7例がSD 2016
・前立腺 72例 エストラムスチン+low dose DTX PSA↓ 2013
というもので、2つ目のものは症例数は多いですが、ホルモン剤+化学療法かつ単アームの試験なので、この結果をもって「低用量の抗がん剤が良い」とはいえません。

●その他の方法で調べる
高橋豊先生の著書に、『決定版 がん休眠療法 (講談社+α新書, 2006)』というのがありますが、その中で「JFMC(がん集学財団)における臨床試験をスタートした」との記載がありますので、その試験を検索しておく必要があり、JFMCのWebサイトをチェックすると、「研究業績」のところで、

Komatsu Y, Takahashi Y, Kimura Y, et al. Randomized phase II trial of first-line treatment with tailored irinotecan and S-1 therapy versus S-1 monotherapy for advanced or recurrent gastric carcinoma (JFMC31-0301). Anticancer Drugs. 2011 Jul;22(6):576-83.

というのが出てきます。なぜ、上記で有望?であったCPTを、単独ではなくS1と組み合わせることにしたかは本文にあたっていないのでわかりませんが、結果としてはRECISTでRR27.8%対 21.9%と微妙な結果です(が、研究者は有望な結果と結論しています)。しかも毒性は増える、と書かれており、低用量の化学療法でも副作用が楽なわけではないことが分かります。これはrandomized Phase IIなので、有望であると考えるのであればPhase IIIに進んで検証試験をすべきですが、PubMedで著者検索をすると、この2011年以降でそれに該当する研究は見つかりませんでした。また現在の介入研究は基本的にUMINに登録しなければならないので「胃癌 PhaseIII 休眠」をキーワードに検索すると、Hitは0件でした(念のため「胃癌 PhaseIII」でも検索してみましたが該当する38件に、当てはまるものはなさそうでした)。
ちなみに、通常投与におけるS1+CPTはTOP-002試験において奏効率41.5%と報告されましたが、全生存期間ではS1単独への優越性を示せていません。
また、現在の標準治療であるS1+CDDPがSPRITS試験で奏効率54%ですので、もちろん異なる試験を単純に比較することは好ましくありませんが、この数値に勝てる(少なくとも引き分ける)公算がなければ倫理委員会を通過することも難しいかもしれません(PhaseIIIは生存期間での比較なので、奏効率だけで一概には言えませんが)。

また、このJFMCのWebサイトをみると、他にもいくつかの低用量化学療法のデータが発表されており、大腸癌に対するlow dose CDDP+5FUは5FU単剤に比較して予後を延長しないといったものも報告されています(Nakata B, et al. J Exp Clin Cancer Res. 2007;26:51-60.)

●JCOG0303
低用量化学療法の比較試験として有名なものにJCOG0303試験があります。
この試験では、局所進行食道癌に対し、放射線治療と5FUに加えて標準量CDDPによる化学放射線療法 (SDPF-RT) と、低用量CDDPによる化学放射線療法 (LDPF-RT) を比較・検討した試験です。しかし、結果としては効果についても副作用についても両群間に差がなかったことが示されています。
(http://www.gi-cancer.net/gi/report/beirinsyo2010/report/4053/4053.html)

Shinoda M, et al. Randomized study of low-dose versus standard-dose chemoradiotherapy for unresectable esophageal squamous cell carcinoma (JCOG0303). Cancer Sci. 2015; 106: 407-12.

●まとめ
今回のレビューで調べた限りでは、やはり低用量化学療法・休眠療法に関して、有効性を示す質の高い研究はみつからず、むしろ有効性も副作用も、標準治療と差がないというものが見つかりました。ただし、そのJCOG0303試験の治療法は「6週間の入院と持続点滴」という酷なものですので、現在の日本においてlow dose FPを行っている施設は減ってきていると思います。
また、前述した通り、異なるセッティングでの臨床試験の比較はできないことを前提としてですが、JFMC31-0301とTOP002の結果をみるだけでも、同じ薬剤を使用しても低用量の治療法の効果が劣る可能性があることも懸念されます。
もちろん、今後については新たな知見が出てくる可能性はあり、その意味ではきちんとした研究手法に則って、有効性・安全性が示されることを期待するものです。
ただ、現時点では、日常臨床の中でこのような治療法を行うことに対する根拠はなく、勧められるものではないといえます。

※付記
・こういった低用量抗がん剤を推奨する方々は「標準治療は副作用で苦しませて、寿命を縮める一方で、我々は副作用がなく日常生活を重視した治療を行っている」と主張される場合がありますが、標準治療でも患者さんが外来通院で問題なく治療も生活も続けられるよう、最初は100% doseで開始しても、副作用が強ければ、90%、80%と減量していきます。また、最初からPSのやや悪い方や、高齢者については、初回から80%程度で減量してから開始することも一般的といえます。その意味では、標準治療も「テーラーメイド」であり、最初に書いたような二元論を主張するのは間違いです。
・「では、標準治療も最初から全例で低用量にすれば」といわれることもあります。昔の抗がん剤を使いなれないころは確かに、大学病院などでも(意図しない)低用量抗がん剤がされていた方も散見され「何の副作用もないんですよ」と言われている方もいました。そういった方が、病状進行したから何か最新の治療を、ということでがんセンターに紹介されてくるのですが、その方に、同じ薬剤をきちんと標準量にして再投与すると、もう一度効いたりする例もよく経験したのです。なので、最初から低用量でやると、標準量で効く人にとって不利益を被る可能性があるということです。
・「標準治療が終了した方に、テーラーメイドの少量抗がん剤を続けるのはよいのでは?」という意見もあります。しかし、ここで言う「標準治療=3大療法」ですが、それができない方への標準治療は「緩和治療への専念」です。「3大療法の終了」=「何もしない」ではありません。そして少量抗がん剤は、緩和治療以上にQOLを上げ、寿命を延ばすということは証明されていません。少量抗がん剤のクリニックへ行くことは、適切な緩和治療を受ける機会を逃すことにもつながります。その不利益を補ってあまりあるほど、低用量抗がん剤に益があるのかどうか?早期からの緩和ケアなどに関連する論文では、抗がん剤治療を亡くなる直前まで継続することはQOLを低下させるため全面的に否定されていますが、もし「低用量抗がん剤は違う!」というのであれば、これらの論文を覆すデータを出されることを期待します。

2016年7月13日水曜日

モトスミがん哲学カフェ:7月・9月予定

「がん」の悩み 私たちと語りませんか?

「がん哲学カフェ」とは、がん患者さんとそのご家族と医療者とが、カフェのリラックスした空間で、対話するための場所。「がんであっても笑顔を取り戻し、人生を生きることが出来るように支援したい」と願う、順天堂大の樋野興夫先生によって発足されました。
「病気を抱えて、どうやって生きていったらいいのか」「これから、どんな治療を受けていったらいいのか」とお悩みの方へ。私たちとの対話を通じて少しでもお気持ちが整理されるよう、お手伝いをさせて頂きたいと思っています。お気軽にご利用下さい。

【開催内容】
・7/23(土)、9/3(土) 15時~17時
※1日2~3組、各組1時間程度、がんの専門医師とがん看護専門看護師が、がんに関するどんな相談でも受け付けます(診療行為は行いません)。対象は「がん患者さん」「がん患者さんを支えるご家族」です。申込制ですので、お早めにご連絡下さい。

・開催場所:ida cafe 
(川崎市中原区井田中ノ町33-9 http://ida-cafe.com/)
※東急東横線元住吉駅西口から、ブレーメン通りを抜けて徒歩10分(850m)。井田小学校えんじゅ門の近隣です。

・料金:無料 (飲み物は、各自ご注文下さい)
※予約がない場合は開催されないことがあります。

【申し込み、お問い合わせは下記まで、メール、FAX、または電話でお願いします】

川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター   西 智弘
TEL: 044-766-2188   FAX: 044-788-0231
e-mail: tonishi0610@hotmail.co.jp 


担当:西 智弘(にし ともひろ)
川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/緩和ケア内科 医師
2005年北海道大学卒。室蘭、川崎で家庭医療、内科、緩和ケアを研修後、2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科。2012年から現職。緩和ケア、抗がん剤治療や在宅医療に携わる。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。

2016年5月17日火曜日

オプジーボ難民と自由診療:我々標準治療側のアドバンテージ

 とても興味深い論説が載っています。

難民と医療不信が大発生~オプジーボの光と影(2)

 オプジーボ難民が発生し、医療不信が爆発する可能性がある、というストーリーについて色々と書かれており、確かにオプジーボが自由診療クリニックで多数使用されている現実に、我々は危機感を抱くべきだということには頷けます。

 確かに、標準治療を行う側である我々が、自由診療に対して何の危機感も持たず、「王座」に胡坐をかいているような現在の状況は憂慮すべきです。これ以上信頼が失われれば、その「王座」の価値すら危うくなるという恐れは確かにあります。それは別に自分たちの給料が減るとか、医師としてのプライドがどうこうとかの些末な問題ではなく、患者さんの「生」を守るためにも堅持すべき「座」です。

 ただ、本論文では財政的問題と医療的問題など多数の論点が整理されずに記載されており、感心しません。結論として「(標準治療側は)自由診療クリニックを頼って生還した患者が社会に広く認知されないことを祈る他ありません」「多数生還しないことを祈るしかない」などと書かれておりますが、それは我々に対する悪意かと勘ぐってしまいます。

 これまでの免疫細胞療法の効果は実感したことはありませんが、オプジーボ自費診療については効果のある患者さんをみたことはあります。それについて「自由診療でオプジーボ投与されて良くなって忌々しい」などとは、当然考えません。かといって、「じゃあ、もっと多くの患者さんにオプジーボを勧めよう」とも思いません。

 まずひとつ言及すべきことは、ある患者さんがオプジーボ投与されて良くなったからと言って、次に治療される患者さんにもその治療が効くかどうかは全く不明ということです。標準治療であれば、データとして例えば「50~60%の方でがんの縮小効果があり、中央値で2年の延命効果がある」ということがわかります。一方で、自由診療ではそれが10人に1人の効果なのか1万人に1人の効果なのか、また腫瘍が縮小してもそれが延命につながるのか、といったことは全くわかりません(がんが縮小しても延命につながらない場合がある、というデータは多々あります)。「この病気を治したい」と標準的な治療を受けないことを選択して、結果的に寿命を縮めてしまうという方を、我々は何度も目の当たりにしてきています。

 もうひとつ言及すべきは、こういったクリニックの理論背景は「抗がん治療=希望」という価値観を、患者さん・家族に与え続ける問題です。治療を受けられることは、その方にとって希望のひとつとなることは確かですが、それが全てではありません。私はこれまで、その方の人生ということを軸に、その患者さんを請け負うというクリニックに出会ったことはありません。それは当然ながら、入院施設を持たず、緊急対応も最期の看取りもする気がないクリニックでは、人生を請け負うことなど不可能だからです。

「あなたは、どのように生きていきたいですか」
という対話をきちんと行い、それぞれの治療の限界や不確実性などを理解したうえで納得のいく生き方に自由診療での治療が必要なのであれば、そのこと自体は「悪」とは私は思いません。本当の悪は、「この治療こそが希望です」と患者さんの本当の希望を聞くこともなく、自分たちの治療に引き込んで後悔を残させ、最後には見捨てるクリニックの態度です(それは、こういったクリニック側から「あなたの考え方なら免疫療法を受けるよりも病院で標準治療を受けるべきです」と紹介されてくる例がほとんどないことからも伺えます)。
 結局は、かれらも「医師」なのです。我々も顧みるべきことではありますが、患者さんがどのように生きたいかということよりも、自分が信じる医療をその患者さんに提供することだけが「善」と思ってしまうのでしょう。「苦しんでいる患者さんを救いたい」という純粋な動機で自由診療を行っている医師がいることは知っていますが、その思いは時として我々と同じように独善的なのです。

 我々ができることは何でしょうか。
 危機感をもってこれ以上患者さんたちからの信頼を失わせないこと、既存の医療システムとインフラを生かして「人生を基盤とした」コーディネーターとして、他を圧倒するアドバンテージを得る努力をすること、そして「人生を請け負う」ことの意味を、少なくともクリニックの医師の倍以上は考えること。こういった努力を続けることで、決して自由診療クリニックに好き勝手される世の中は来ず、それはひいては患者さんを守ることにつながるのではないかと考えます。
 しかし、その「危機感」の共有からしてまず難しいということは明白です。少しでも発信の機会を作っていくことくらいしか今は思いつきませんが、また考えていきたいと思います。