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Pt's Voice001:俺たちはロボットと話をしに来ているわけじゃないんだ

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初診の外来で、その患者さんは言った。
これまでの医者は、だれも、自分の目を見て話してくれなかったらしい。

多くを求めているわけじゃない
専門的な知識と
人間らしい扱い
それが俺たちが求めるものなんだよと、その患者さんは言った。

俺たちは、ロボットと話をしに来ているわけじゃないんだ。

Pt's Voice000:死を迎えても言葉は生き続ける

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今週から「Pt's Voice」という連載を始めます。
Pt's Voice=ペイシェンツ・ボイス、つまり「患者の声」です。

私はこれまで3000人を超える方の生死に関わらせていただき、その方々が人生にかけた思いを見てきました。
もちろん、その中にはもうこの世にはいらっしゃらない方もいます。
それでも、その方々が遺した言葉は、今でも私の中にあります。

しかし、私もいずれは老い、何らかの病を得、そして死を迎えるでしょう。
そのときに、その患者さんたちが遺した言葉も消えてしまうのでしょうか。
そう思うと、私はこのデジタルの世界に、この言葉たちを記録しておきたくなったのです。

有名人の言葉は時を超え、後世に語り継がれ、その言葉は死ぬことはありません。
一方で、その人生を懸命に生きたひとりひとりの言葉も、その言葉に負けることがない輝きを持っています。
それらの言葉の生を引き継いでいくために、記録を残していきたいと思います。

これらの言葉が、多くの方々へ届くことを期待しています。

(登場する患者さんの状況は個人情報保護のため大幅に設定を変更しています)

医者になるには、という話(後編)

前回の記事で、ヘクトパスカルのせいで見事、志望校(前期試験)を不合格となった私。
いつまでもくよくよしていても仕方がないので、予備校の入学手続きと、一応後期試験の準備を始めた。

前期試験で100%受かる気満々だったので、後期試験は受けるつもりがなく、なぜか「D判定(下から2番目)」で、「志望先の再考を検討してください」と書かれた、元々の志望校へ願書を出すという無謀なことをしていた。
偏差値で言えば10以上も上の医学部で、前期試験で不合格になっている自分が行けるはずがない。
しかも、その年の倍率(定員に対する志望者の数)は36倍。つまり10名の定員に360人が応募するという、何かのオーディションですか?というレベルの倍率。
しかも受けている方々は「東大受けたけど落ちました」とか「慶応に行きたかったけど、安全策でランク落としてこっちにしました」みたいな、「前期試験のすべり止めで、より低いランクのこの大学受けてます」という方々ばかり。
私のような「前期試験に落ちて、後期試験はなぜか偏差値10以上も上の大学を志望しました」みたいな逆転現象バカは肩身が狭かった…。

しかし、ここで一発逆転のチャンス!
この後期試験には「面接」があり、試験では差がつけられないと感じていた自分は、ここで差をつけるしかない!と考えたのである。
面接官は3人(もちろん教授)。
何を質問されて、どう答えたか、その内容は正確には覚えていないが、とにかくテンションだけは高めで臨んだ。
そして、「教授たちが多分こういう答えを期待しているんだろうな」という模範解答ではなく、世間一般の常識に疑問を投げかける形で、持論を展開した。そうしなければ、360人いる受験者の中で、自分に目を止めてもらうことなんかできないから。
そして最後に
「医学部に入って、医学をめちゃめちゃ勉強したいんですよ!」
と言ったときの「おー」という教授たちの表情が忘れられない。

その面接が良かったのか、結果的に私はその大学に合格した。
でも、合格証を受け取った時の正直な感想は「合格した実感がない」だった。
ちなみに私は中学から受験を経験しているが、実質的に筆記試験のみで合格したというのはその中学の時だけで、高校は推薦入学だったから面接で合格しているし、大学もなんだか「試験で合格した」という感じではない。
あれだけ大量に勉強に時間を費やし、受験…

医者になるには、という話(前編)

こんな話に興味があるのかと思うわけだが、興味がある人がいるというのだから面白い。

そうはいっても、自分は「よくありがちな」医者のなり方はしていないから、受験生のお母さんなんかが読んでも参考にはならないだろうことはお断りしておく。

そもそも、医者になろうと思った動機が、
「仲の良かった友達が医者になりたいと言っていたから」
という、
「みんなそのおもちゃ持っているから僕も欲しい」
的な、小学生感丸出しのノリ。
この話をするたびに周囲の方からがっかりした顔をされるので、もっと「人のために役立ちたい」とか「子供のころ助けてもらった先生にあこがれて」とか、そんな感動エピソードでも捏造したいくらいだ。
そうはいっても、高校生になるころには一応医学部を目指して勉強に励んでいた。

ここで、「どれくらいの時間を勉強したんですか?」とよく聞かれるが、あまり聞かない方がいい。
まず、朝7時に起きて登校まで勉強。
登校してから、基本的には授業は聞かずに自習、そのまま休み時間も自習、昼ご飯を食べながらも自習、放課後も自習。
で、家に帰ってからも勉強机に向かい、夜は塾。そして眠るのが11時くらい。
もちろん、日によってこんなに勉強しない日もあるが、長い時だと1日12時間くらいは勉強していたと思う。
高校3年の時には付き合っていた彼女もいたのだが、デートは下校時に彼女の家までの30分くらい、そして土日は「図書館で勉強しながら一緒に過ごす」という、今から思えばちょっと異常なお付き合いだった。

これだけ勉強していたのだから、さぞ成績も良かったのだろうと思われるかもしれない。
でも現実はそんなに甘くはない。
地元では成績はトップだったものの、全国模試ではランキングにも載らないほどの「中の上くらいの成績」だった。志望する医学部の合格判定は常に「D判定(下から2番目)」で、「志望先の再考を検討してください」と書かれる始末だ。
「人間、努力すれば何でもできる」と言うかもしれないけど、そこまで現実はマンガみたいにはできていなくて、生まれつきのスペックというものは確実にある。
その中で、努力することはもちろん必要だけど(努力しないと自分の限界もわからんから)、努力すれば結果が100%ついてくるわけではない。

じゃあ、私はどうしたか?
はい、全国模試合格判定のご指導に従い、志望校のレベルを下げさせて頂きました…

生と老と病と死のワークショップ

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「生と老と病と死のワークショップ」
名前だけ聞くと、「なんか怖そう」「宗教なんじゃない?」と思われるかもしれませんが実際には、
話して、
笑って、
ちょっとだけ涙する。
怖くはないけど、感情が大きく揺さぶられる体験をするのは確か。

今回は申込が殺到し、開催1か月以上前にチケット完売。
申込をお断りをしなければならないほどの盛況ぶり。


生と老と病と死のワークショップでは、生老病死の疑似体験から、自分の価値観を見つめていこうという試みですが、ここに「正しい答え」はありません。
私はナビゲーターとして私なりの考えや、皆さんが考えるヒントを提供しますが、私が言っていることは私の価値観ですし、それが皆さんと違うのは当たり前です。
そして、途中に何度かグループ内で対話をする時間があるのですが、そのメンバー個々での価値観が異なるのも当然で、その異なる価値観が出会うことで、新たな価値観を得ようというのがこのワークショップの醍醐味です。

参加した方々からは
「皆さんとのディスカッションで豊かになれた」
「対話により感情が揺らぎ、とても温かい気持ちになれた」
「グループ内で自分の考えの無意識的な部分を指摘されてハッとした」
という意見も。
参加するごとに、そのテーブルに座った方々との関係性で、得られるものが変わっていきます。
私は、これは単なるワークショップではなく、アートと考えています。
こういった、人との関係性から作られるアートのことをリレーショナルアートと呼びますが、このワークショップで得られるものはまさに、自分にひとつだけの作品です。

「生老病死」について、普段は考えたこともないかもしれませんし、ましてや他の人と対話するなんて経験もそうそうできるものではありません。
今回、参加者の方々から頂いた意見をもとに、またブラッシュアップしていきますので、ぜひご参加ください~!

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次回は2/25(日)に開催予定です。
募集は12月になってから開始しますので、少々お待ちください!

※法人・団体様向け「生と老と病と死のワークショップ」の御案内
・内容:法人・団体様の御都合に合わせて、任意の曜日・時間で設定が可能です。当法人から医師、看護師などスタッフを派遣しますので、候補日をいくつか頂き、こちらから派遣可能かについて打ち合わせを行います。まずは「お問い合わせ…

超福祉展が描く未来

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今年も、「超福祉展」行ってきました。
 超福祉展とは、


障害者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年より毎年11月の一週間、渋谷ヒカリエを中心に開催を続けている展示会です。
思わず「カッコイイ」「カワイイ」と使ってみたくなるデザイン、大きなイノベーションを期待させてくれる「ヤバイ」テクノロジーを備えたプロダクトの展示・体験に加え、従来の福祉の枠に収まらない魅力的なプレゼンターたちが登場するシンポジウム、多彩なワークショップなど、さまざまな企画を展開してきました。。
(公式Webサイトより http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/
という企画です。
 今年で4回目を迎えるとあって、メディアの注目度も高く、既に多くのレポートや報道が出ていますね。
 超福祉の定義はこう。
一人ひとりの心の中に存在する、障害者をはじめとしたマイノリティや福祉に対する「負い目」にも似た「意識のバリア」。 “超福祉”の視点では、従来の福祉のイメージ、「ゼロ以下のマイナスである『かわいそうな人たち』をゼロに引き上げようとする」のではなく、全員がゼロ以上の地点にいて、混ざり合っていることを当たり前と考えます。ハンディキャップがある人=障害者が、健常者よりも「カッコイイ」「カワイイ」「ヤバイ」と憧れられるような未来を目指し、「意識のバリア」を「憧れ」へ転換させる心のバリアフリー、意識のイノベーションを“超福祉”と定義します。 (公式Webサイトよりhttp://www.peopledesign.or.jp/fukushi/
「超福祉」の世界では、 単に健常者が障害者を支える、というイメージではなく、障害がある部分をテクノロジーが補完し、健常者と同等もしくはそれ以上の能力を有することだってあるわけです。
 また、これまでは障害のある方が使う道具だった、車椅子や補聴器なども、この超福祉の世界では、誰しもが普通に使う世の中になる。
「あれ、なんでお前今日は車椅子使ってねーの?」
と、「なんで今日メガネじゃねーの?」と同じようなノリで会話がされる。ここではもう、足が不自由な人と、そうでない人の境界はない。思えば、メガネだって昔は医療器具として、それを使っていること自体が恥ずかしく、分断を招くツールだったけど、今では…

polcaによる暮らしの保健室支援

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今月から、「polca」を利用した、暮らしの保健室への支援金募集を試験的に開始しています。

polcaで暮らしの保健室を支援する →https://polca.jp/projects/5ozCwJ4FEDm

「polca」は、クラウドファンディングでおなじみのキャンプファイヤー社が提供する、フレンドファンディングアプリ。
 クラウドファンディングと比べて、大人数へ訴求するツールではなく、またリターンも簡易なもので良く、支援金も500円など少額で設定できるので、企画者も支援者も手軽に始められるというメリットがあります。また、2017年11月の現時点では決済・振込手数料とも無料なのでその意味でも気楽です。

 今回、このツールを取り上げたのは、暮らしの保健室運営への資金集めをしたいこともありますが、もうひとつは「このサービスを多くの仲間たちに知ってほしいと思ったから」。
 特に医師は、「マネーリテラシーが低い」と一般的に言われていて、なんでかなーとは思うんですけど、自分もそうでしたから否定できない…。

 polcaが使えるシーンとしては例えば、
 ちょっとした企画を行いたいのだけど、数千~数万円が足りない…というとき。クラウドファンディングを行うにしては大げさ。

 そんなときにpolca。

 仲間内でのイベントのお金を事前決済したいなあー。振り込みだと面倒。

 そんなときにpolca。

 といったように、これまでお金のやりとりをするのに面倒だったり手数料が発生する部分を全部なくしたサービスがこのpolca。実際に、このサービスを利用して、多くの方々が興味深い企画をどんどん立ち上げています。
 是非みなさんも、このサービスを知って頂き「お金がなめらかに動く社会」を感じてみてください。

※私自身はキャンプファイヤー社に対していかなる利益相反もありません。

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暮らしの保健室の運営のため寄付のお願いをしております。

polcaで支援する →https://polca.jp/projects/5ozCwJ4FEDm

BitCoinで支援する →3BEQPRZHw4xHVPoGooCn1T469yJ53iHr7w







振込で支援する →
銀行名 横浜銀行
支店名 元住吉支店
口座種類普通
口座番号6061945
口座名義シヤ)プラスケア