2014年5月11日日曜日

延命と生活の質

大腸癌化学療法のエリアミーティングというのに参加。
ASCOの結果を予測して、結果がどうなら臨床がどう変わるか、という議論。

メインテーマはやっぱり、緩和的化学療法のセッティングで初回治療をセツキシマブでいくか、ベバシズマブでいくか、なんだけれども、全体の雰囲気が「セツキシマブが全生存期間で勝てば、当然そちらを優先的に勧めますよね」という論調にはやはり素直に同調できない。

化学療法やって、生存期間中央値が2年くらい、それがセツキシマブだと2年半に延びます、でもそのうち1年以上は色々な皮膚障害に悩まされます、を優先的に患者さんに勧める気になれない。生活の質を考えたときに。もちろん選択肢として提示はしますが。

自分はASCOの結果がセツキシマブ優位に出ても、「全国的にはセツキシマブから始めるのが普通です。でも自分はベバシズマブから始めるのを勧めます。理由は…」と正直にお話しすると思う。参加されていた先生には「寿命が半年延びることを上回る『生活の質』なんてあるのか」と問われたけれども、多くの患者さんが期待する治療って、副作用がつらくなく普通に暮らせる前提で、どれくらい寿命が延びるか、が多くが期待するところじゃないかなと思うわけで。副作用でつらい思いをしての半年間の寿命延長こそ、どうなんだろうなと。もちろん、患者さんの選好や生き方、考え方に応じて治療は選ぶし、副作用管理ができてこその腫瘍内科医だけど、自分はやっぱりセツキシマブを初回から、はお勧めしない、と思う。
「半年」の意義もひとそれぞれ。では何ヶ月だったら無視できない予後延長なのか、と言われると言葉につまる。それはやはり各人の価値観に照らし合わせて判断していくしかないのだろうなと。

このスタンスでいくと、セツキシマブのこともベバシズマブのことも両方説明しないとならないし、全国的にはたぶん自分の考え方が少数派だろうから積極的にセカンドオピニオンを勧めることになると思われ、とても時間がかかりそうだが、そもそも一人の人生を決めるのに、そんなに簡単に決められないよなと(もちろんすぐに治療を開始する必要がある例はこの限りではないでしょうけど)。

たぶん、議論していての「違和感」のもとは、セツキシマブの治療とベバシズマブの治療の、両方のオプションを提示して中立的に説明してくれる医師がどれくらいいるのかな、という危惧である。
我々医師は、セツキシマブの副作用はこれくらいで、こうやったらマネジメントできて、効果もこのくらいで・・・といった「体験」がすでにあるけれども、患者さんにとっては全てが初めての体験。情報の非対称性があるのだけれど、それを前提にして、セツキシマブを「優先的に」勧めれば、例えば
「これが一番最新の研究で最も効果があるとされた治療です。皮膚障害がこれこれこれくらい出ますけれどもこれはしっかり予防治療して、皮膚科の先生とも連携しながらマネジメントしていきます」
とか言われれば、多くの患者さんはそちらを選択するのではないだろうか。そして、その選択をしてもらうときに、どれくらいの医師が「その人の人生」全てを考えてくれるだろうか。また、たとえ心ある医師でも、日本の外来の限られた時間の中で、初対面の患者さんのことをどの程度わかるというのだろうか、という思いもある。

患者さんの悩みの8割くらいは、主治医とのコミュニケーションエラーが基本となっている、とがんサロンやがん哲学カフェを運営していて思うコミュニケーションは双方向だから、どちらが100%悪い、というのはないんだけれども、やはり医師は基本的には「強い立場」にいるということを自覚して、患者さん・ご家族の思いをくみ取るように歩み寄る必要はある。

生命予後を延長することは、医師にとって最優先事項であることは確かである。生活の質が大切なら、某Drのように「抗癌剤治療はしてはいけない」という方向になってしまうが、それはナンセンスだ。
しかし、患者さんの人生は、治療のためにあるのではない。以前に、とある先生が「医療の目的は生命予後と生活の質を掛け合わせたものを最大化すること」とおっしゃっていたが、まさにその通りだなあと思う。
目の前の患者さんに対する抗癌剤治療において「生命予後と生活の質を掛け合わせたものを最大化すること」はどういうことなのか、常に考えながら治療に当たるのが原則。

ASCOの結果がどう出るのか、楽しみである。