2012年4月22日日曜日

緩和医になるには

今年3月に「医学生・研修医のための緩和ケアセミナー」という企画があり、私はファシリテーターを務めた。
そこで「参加者にメッセージを」という依頼があったため、自分が緩和医を目指したきっかけと「まず何科から堅守すべきか」という問題への意見をちょっと書いてみたのだが、その文章を公開する。

「痛い、今日も痛い。痛み止めも効かない…」
私が初期研修医のころ、麻薬の使い方を知らなかったころ、がん患者さんの苦痛を取るすべはほとんどなかった。指導医の指示通りに薬を投与し、点滴を行い、苦痛のなかで患者さんを看取っていかなければならなかった。わずか7年前のことである。しかし、そんな状況でも、当時必修科であった緩和科をローテートするのは面倒と思っていた。緩和を回るくらいなら救急科や、麻酔科などのローテートをもっと長くしたいと思っていたくらいだ。緩和科で何が学べるのかわからなかったし、その診療内容が「医療」と呼べるのか疑問だった。いや、それよりも死にゆく患者さんにどう向き合うか、怖かっただけかもしれない。
 
(毎日が感動、緩和ケアローテート) 実際に緩和ケア科をローテートし、私の考えは大きく変わった。痛みで寝たきりの患者さんが、緩和病棟へ移って症状が取れ「もう一度歩きたい」と立ち、景色を見られた時の笑顔。生きる意欲を取り戻し、もう一度仕事に戻って行った患者さんの姿。毎日が感動の連続で「こんな医療もあるのか」と驚愕した。自分が、それまで見てきた「死」と全く別の生き方がそこにはあった。私は、この医療をもっと極めてみたいと思うようになったのである。
 
(まず、何科から?) 緩和医療を研修するとき、「何科をベースに研修していくのがいいのか」という点は悩ましい。精神科?麻酔科?色々な選択肢があるが、私のお勧めは、とにかくまず緩和ケアの専門研修を受けること、つまり緩和ケアを受ける患者さんたちにまず向き合うこと、である。その中で、色々な壁にぶつかり、悩むだろう。その上で私は緩和ケア医はオンコロジーを学ぶ必要性があると考え腫瘍内科の道を選んだが、ペインクリニックの道や精神科の道もあると思うし、そのまま専門研修を続けていく道もあると思う。ただ、最初に緩和ケアがどういうものか、自分に足りないものは何か、を知ることで、何を目標に研修を進めて行けば良いか、患者さんに求められているものは何か、自分が診てきた患者さんたちに問いかけながら、その道標を自ら考えていくことができるようになる。自ら担当医として患者さんと向き合い、少なくとも数ヶ月以上緩和医療の現場で研修を受けることをまずはお勧めする。
 色々な迷い、色々な壁。緩和ケア医を志す医師は未だ少なく、どのように研修を進めていくか、相談できる仲間は大切な存在と思う。私たち一人一人が、その仲間である。お互いに支え合い、高め合い、患者さんにとってより良い緩和医療の提供体制を作っていければ幸いである。


この「まず、何科から?」という部分は実は多くの他科出身の先生に遠慮して書いた部分が多々ある。
緩和ケアの現場をまずは知ってほしい、というのは本当だが、私はやはり自分が研修してきたように、内科の知識、そしてオンコロジーの知識を身につけられるように研修することを勧めるだろう。

しかし、実際、そのセミナーでは多くの先生方が「まずは内科医としての力をつけること」を強調されていたことに驚いた。
緩和医療は、全ての病態がとても複雑で、言うなれば内科的な「応用問題」の連続である。
そのため、総合内科医としての力量が試される場面も多い、ということなのである。
ある先生などは「医師として『デキる』やつでないと緩和医はとてもつとまらない」とまで言い切っていた。
自分が医師としてそんなに「デキる」とは思っていないが、少なくとも論理的思考が好きではないと、確かに緩和医はやってられない。
侵襲的な検査はほとんどできない(仕方が無いときにはやるが)ので、問診や身体診察で苦痛の原因を探っていくしか無いからだ。
痛みの性状を理解するために、痛みについてだけでも問診を1時間かけて行うこともある。

このときの痛みとあのときの痛みは違いますか?
この薬を使って取れた痛みと、この薬を使って取れた痛みに違いはありますか?それでも残っている痛みは?
そのそれぞれについてどのような痛みですか・・・
などと、痛みをひとつひとつ解剖していく、という作業。
まあ、そこまでしつこい性格のほうが、この仕事には向いているのではないかなあ、と思う。
あっさりと「痛い=麻薬」としか考えない自称緩和医もいますのでね。
緩和医になることは容易ではない。
でも、是非その現場をまずは見に来てほしい。そうすればここに書いた言葉たちの意味が目で、耳で、心で、理解できると思う。

2012年4月15日日曜日

鎮静と医療者の価値観

患者さんが亡くなった後に、
「いい死だった」とか「あまり良くない最期だった」という医療者が時々いるが、
それが自分たちのケアを評価しての言葉でない限り、私はあまりそういう表現は好まない。
患者の生き方の善し悪しは他人が評価できる類いのものではなく、
あくまで本人(と家族)の主観的なものであると思うからである。

死は生と直結している。
死を多く見る私たちは、そのぶん、患者さんのそれまでの人生や、そこで形成された価値観にも間接的に関わっていくことになる。
一方で、我々も自分たちが生きてきた過程と、それぞれの価値観を持っている。
医療者は、ともすれば自分の価値観の枠内に患者の人生を当てはめて見てしまいがちだが、その結果が冒頭の「いい死、悪い死」の言葉となって出てくる。
終末期の患者さんに、一昔前では死の直前まで2L近い点滴を流すなんてことは当たり前だった。
仮に、全身がむくみ、肺には水がたまり、「陸で溺れさせる」と揶揄される状態になったとしても。
それが、少しでも患者の予後を延ばすかもしれない、栄養を入れなければならない、処置を中止してはならない、という我々の価値観であった。

今でこそ、緩和ケアの概念が広まってきたから、終末期に患者さんを苦しめるような処置は減ってきたが、それでも我々の価値観が患者さんを縛る場面というのは確実にある。
例えば、鎮静に関する場面。
鎮静は、いかなる処置を行っても耐えがたい苦痛があるときなどに、意識レベルを下げて(眠っている状態にして)、本人が苦痛を感じないようにする処置であるが、一度深い鎮静になった場合、その後は家族と会話したりもできなくなるわけなので、慎重に開始する必要があるし、また医療者側にも「まだ何かできることがあるのではないか・・・」と葛藤を生み出しやすい処置といえる。
その葛藤を解消するために、事前に医師、本人、家族、スタッフが入念に話し合い、皆の同意が得られたところで開始するのが常だが、それでもスタッフの心が揺れるのは避けられない。

特に、
「これ以上生き続けている価値がない」
「朝起きて、つらいのを我慢して、夜が来て寝て、また同じ朝が始まるのが耐えられない」
など、身体的な苦痛もないわけではないが、どちらかといえばスピリチュアルな苦痛が強くて鎮静の希望が強い場合など、
健常者の視点で見ると
「まだご飯も食べられる楽しみがあるのに」
「家族と会話もできるじゃない」
と思ってしまいがちなのだが、それはあくまで我々の価値観の枠で患者さんを見ているだけに過ぎないんじゃないか、と思うこともある。
今日この処置をすれば、明日には症状が軽くなるかもしれないから試してからもう一度考えましょう、というのも、このような状況においては傲慢なことなのかもしれない。
ケアをしても無駄だ、と言っているわけではないが、それはもっとこのような訴えが出る以前の、もしくは出てから早期のアプローチが重要なのである。

もちろん、安易な鎮静は私も否定的である(嫌いな方だ)。
ただ、「眠ってしまいたいほど苦痛だ」というのと「苦痛だから眠ってしまいたい」というのには大きな差異があり、後者には実際に鎮静の手段をもってあたらなければならない場面も多い、と感じている(前者はいわゆるスピリチュアルペインに対する支持的なアプローチでケアできることも多い)。

これは、私が5年前に緩和医になってから、ずーっと考えている命題であるが、
このようなスピリチュアルペインが強く、鎮静を強く望む場合に、それを否定するだけの大義が我々医療者側にあるか、ということである。
このような苦痛をもつ患者さんに粘り強く付き合い、ケアを続けることこそが、緩和ケア医のあるべき姿だろう、という声もあるかもしれない。
しかし、そのつらい明日を迎えるのは我々医療者ではなく、患者さんなのである。

患者さん、家族の価値観は我々とは異なる。
私たちはその前提を忘れてはならないし、私たちが了解不可能なことであっても、人生上の重大な決定を、単に我々の価値観だけで覆したり躊躇してさらに患者さんを苦しめたりするようなことがあってはならないと思う(法律上問題のあることやスタッフを危険にさらすことなどは別だが)。
ただ、これはずーっと悩み続けている命題なので、これからも悩み続けるだろう。
少なくとも、鎮静が必要なほどスピリチュアルな苦痛で苦しむ患者さんを、一人でも減らせるよう考えながら、この命題にも取り組んでいこうと思う。

がん・主治医のないつらさ

「がん難民」という言葉があまり聞かれなくなってから久しいですが、
まだまだ実際には「難民化」する患者さんたちはいます。

マスコミでよく取り上げられていたのは、抗がん剤治療などがなくなったら、これまでの主治医から見放されて行き場所がなくなる、という方でしたが、
それとは別に、「行き場所がたくさんありすぎてさまよう患者さん」という方々もいて

例えば、
免疫療法は○○クリニック
漢方薬は××診療所
食事療法は△△病院
ペインクリニックは□□医院・・・
などなど

いろんな医師が関与はしているものの、結局誰が患者さんの人生に対する方針をたてていくのですか?となると、それは誰もいない。
みんなが「この治療をやるときっとよくなりますよ」「効いてくるまでの辛抱です」
など耳障りのよい言葉を言い、ちょっと都合が悪くなると
「当院の専門は○○なので、それは他のクリニックの医師と相談してください」
と逃げたりする。
そしていくら具合が悪くなっても自分のところでは絶対に入院させない(そもそも入院施設自体持っていないことが多いのだが)。
あげくに「○○先生はこう言っていた」「××先生はこうだった」といろんな医師からいろんな方針を吹き込まれ、どうしていいかわからなくなっています。

これは宗教にはまってしまった方といっしょなのです。
「主治医」が不在の状態で、物理的に最期を診る医師がいなくなってしまっただけではなく、心理的にも「難民化」してしまっているのです。

腫瘍内科医は、進行再発がんの患者さんに抗がん剤をはじめるときに
「この病気は治ることはありません。抗がん剤の効果には限界があります」
という話をします。
患者さんにとってはつらい話ですが、それは
「あなたの人生に私がずっとおつきあいさせていただきます」
というメッセージであり、医師としての覚悟の表明でもあります。
私をあなたの「主治医」にさせてくださいと。

耳障りのいい言葉だけを伝えて、ずっとそれでやっていけたらどんなに楽なことか、と思います。
医師によっては「本当のことを伝えるなんてかわいそうだ」という方もいるでしょう。
しかし、現実問題として、抗がん剤でその時間を延ばせたとしても、いずれそのときは来るのです。
そのときになって「こんなはずではなかった」「何も準備していない」と思わせることのほうがよほど残酷でかわいそうなことではないか、と私は思います。

しかし、患者さんの心理ももちろん単純なわけではありません。
腫瘍内科医から、そのように伝えられたとして、
医師を信頼していないわけではない。
抗がん剤に限界があるだろうことも、他の治療法も効果が乏しいだろうことも、いずれ自分が最期を迎えるのだろうことも、理解はできる。

しかし

診察室から出て、家族の笑顔を見たときに、心は様々に揺れ動き
「自分の小さい子供のために(夫・妻のために、もしくは不安のために)、とにかく可能性がある治療ならば試してみたい」
と思うのが患者さんたちの心理ではないでしょうか(違ってたらすみません)。

私は、上記のようなクリニックに行くことを、ことさらに否定はしません。
もちろん、医師としてそのようなビジネスライクな医療を提供する業種は許せないと思っていますし、患者さんから意見を求められれば全力で否定していますが、
その上で、上記のような心理から、患者さん個人がそのようなクリニックへいくこと、それ自体は否定できないと思うのです。
ただし、それは「主治医」あってこそ。
必ず「還ってくる場所」があってこそ、だと思います。物理的にも心理的にも。

患者さんには、「一緒に一生歩きますよ」という医師がいれば、その人を失わないで頂きたいのです。
※クリニックの「来院さえしてくれれば一生治療しますよ」ではありません。
一生をつきあう覚悟だから、時には厳しいことも言う。しかし逃げたりもしません。
腫瘍内科医かもしれませんし、緩和ケア医かもしれない。また、小さい頃からかかりつけの家庭医の先生、という場合もあるでしょう。

是非、そのような医師を見つけて、あなたの「主治医」としてほしいものです。


※上記文章中では「抗がん剤の限界」について書きましたが、それは多くの進行・再発の固形癌一般の話であって、抗がん剤で治る癌や患者さんの状態もありますので、ご注意ください。

2012年4月13日金曜日

新しい井田病院

明日、井田病院は竣工式、そして地域への内覧会。
そして5月からは新しい病院での診療である。
小杉地区は今後1万人の人口増が予測されるにもかかわらず、当院の病床数は若干減少することもあり、これまで以上にいろいろな工夫をして診療にあたる必要がある。

ケアセンター在宅の理念のひとつは
「高齢社会を支える地域ケアの拠点となります」
だ。
1万人増えた人口を、どうすれば30年後に支えられるか。どのようなシステムをつくっていくか。
病院だけではなく、地域全体で、というのはキーワードだが、具体的にどうしていくかはまだ模索状態である。
長いようで短い道のり。
今すぐにでも一歩一歩歩いて行かなければならない。

コンサルタントとして

4月から、緩和ケアチーム専従として、働いている。

緩和チームは、基本的には他科の先生から「こんな症状で苦しんでいる患者さんがいるんだけども、見てくんろ」と依頼を受け、依頼者(コンサルティー)の希望に応じてアドバイスをする、コンサルタントである。

まあ、これまではそんな仕事したことないわけで、やれどうしたものか、と悩んでいたときに勧められたのが

岩田健太郎先生の「コンサルテーション・スキル」という本

いや、これは普通に読み物として面白い。
後半はコンサルテーションとは関係ないんでないの?という話題も多々あるが、読みものとして面白いからアリ。

で、その本の内容を参考にしつつ、私が現在心がけていること

・依頼が来たらできるだけ早く病棟へ向かうこと
・コンサルティーの希望をまずは確認すること
・できればコンサルティーと直接話をすること
・自分が出した処方やアドバイスの根拠をカルテに丁寧に書くこと
・自分が行ったことによる効果や副作用の予測を書き、さらにそれぞれの対処法も記載すること
・緩和病棟や在宅サービスへの橋渡しをすること

などである。
特に、最後の項目は、コンサルタントが陥りがちな「傍観者的視点」に偏らないような配慮である。
つまり、自分が主治医ではない、というところから、患者さんのゴール設定は主治医任せで、自分は症状緩和だけよ、というふうにはしないよう心がけよう、という戒めでもある。
ただし、かといって入り込みすぎると主治医の領分を侵したり、逆に「チームへお任せ、自分は知らない」の、どっちが主治医?状態になるので、バランスも大切だが。

2週間たってようやくこのコンサルテーション業務が少し面白くなってきた。

ただ、私自身もこの「緩和ケアチーム」の必要性について色々疑問を抱くところがあったりするので、そこはもう少し考えていきたいのと、批判は色々と受けていかないとならないだろうなと思っているところである。

2012年4月9日月曜日

内科症例検討会で腫瘍内科を語る

17:00からの内科症例検討会で、「栃木で勉強してきたことをしゃべれ」というお達しだったので、つくりましたよ、スライド50枚!

日頃の鬱憤を晴らすべく、腫瘍内科というか現在のがん治療を取り巻く問題をぶちまけました。
標準治療が普及していない、患者さんや家族への説明がきちんとされていない、巷に情報があふれていて患者さんも医療者も混乱している・・・などのテーマについて熱く語らせて頂きましたが、伝わったかな?

私は、標準治療をきちんとやること、副作用と効果のバランスをみながら上手にコントロールしていくこと、患者さん・家族と一緒に(あるいは一歩下がって)歩いていくこと、が大事だと思うのです。
標準治療といえども乱暴に成されればそれは暴力になりえます。心ない説明をされれば傷つきもするでしょう。
その反動で、知らないうちに医療者は「標準ではない治療」に患者さんを送っている側面があると思います(医療者は「あんな治療に手を出して!」とよく言いますが)。

がんの治療はとても繊細な一面をもっています。
患者さんは人生の危機に直面し、様々な面で非常にナイーブです。
私たちは患者さんの気持ちを本当の意味で理解することはできませんが、寄り添っていくことはできます。
患者さんにとって、何が大切なのかを常に考えながら、プロフェッショナルとしての技術をもって、患者さんの生き方をサポートしていく必要があると、改めて考え直す良い機会でした。

2012年4月3日火曜日

新体制2日目

昨日から新体制が始まり、ケアセンターの医師はなんと10名!に増えた。
非常に活気があふれるセンターになり、指導する宮森先生にも熱が入っている。

(画像には写っていないがカメラの後ろにあと3名ほど医師がいる)

しかし、緩和ケアをこれまで実践した経験があるのは私と指導医の宮森先生のみであり、まだまだ2日目、手取り足取りの状況である。
しかし、来てくれた先生方が揃いもそろって全員非常に熱心で優秀であるので、これまでのところ大きな問題なく、非常に頼もしい。

私自身が緩和チームにほぼかかり切りのこともあり、あまり病棟の指導はできていないのだが、これから色々と壁にぶつかっていくのだろうなあ、と思われ、いつでも相談を受けるようにしないと…というところである。
明日はまた8時集合。がんばろう。