2012年4月15日日曜日

がん・主治医のないつらさ

「がん難民」という言葉があまり聞かれなくなってから久しいですが、
まだまだ実際には「難民化」する患者さんたちはいます。

マスコミでよく取り上げられていたのは、抗がん剤治療などがなくなったら、これまでの主治医から見放されて行き場所がなくなる、という方でしたが、
それとは別に、「行き場所がたくさんありすぎてさまよう患者さん」という方々もいて

例えば、
免疫療法は○○クリニック
漢方薬は××診療所
食事療法は△△病院
ペインクリニックは□□医院・・・
などなど

いろんな医師が関与はしているものの、結局誰が患者さんの人生に対する方針をたてていくのですか?となると、それは誰もいない。
みんなが「この治療をやるときっとよくなりますよ」「効いてくるまでの辛抱です」
など耳障りのよい言葉を言い、ちょっと都合が悪くなると
「当院の専門は○○なので、それは他のクリニックの医師と相談してください」
と逃げたりする。
そしていくら具合が悪くなっても自分のところでは絶対に入院させない(そもそも入院施設自体持っていないことが多いのだが)。
あげくに「○○先生はこう言っていた」「××先生はこうだった」といろんな医師からいろんな方針を吹き込まれ、どうしていいかわからなくなっています。

これは宗教にはまってしまった方といっしょなのです。
「主治医」が不在の状態で、物理的に最期を診る医師がいなくなってしまっただけではなく、心理的にも「難民化」してしまっているのです。

腫瘍内科医は、進行再発がんの患者さんに抗がん剤をはじめるときに
「この病気は治ることはありません。抗がん剤の効果には限界があります」
という話をします。
患者さんにとってはつらい話ですが、それは
「あなたの人生に私がずっとおつきあいさせていただきます」
というメッセージであり、医師としての覚悟の表明でもあります。
私をあなたの「主治医」にさせてくださいと。

耳障りのいい言葉だけを伝えて、ずっとそれでやっていけたらどんなに楽なことか、と思います。
医師によっては「本当のことを伝えるなんてかわいそうだ」という方もいるでしょう。
しかし、現実問題として、抗がん剤でその時間を延ばせたとしても、いずれそのときは来るのです。
そのときになって「こんなはずではなかった」「何も準備していない」と思わせることのほうがよほど残酷でかわいそうなことではないか、と私は思います。

しかし、患者さんの心理ももちろん単純なわけではありません。
腫瘍内科医から、そのように伝えられたとして、
医師を信頼していないわけではない。
抗がん剤に限界があるだろうことも、他の治療法も効果が乏しいだろうことも、いずれ自分が最期を迎えるのだろうことも、理解はできる。

しかし

診察室から出て、家族の笑顔を見たときに、心は様々に揺れ動き
「自分の小さい子供のために(夫・妻のために、もしくは不安のために)、とにかく可能性がある治療ならば試してみたい」
と思うのが患者さんたちの心理ではないでしょうか(違ってたらすみません)。

私は、上記のようなクリニックに行くことを、ことさらに否定はしません。
もちろん、医師としてそのようなビジネスライクな医療を提供する業種は許せないと思っていますし、患者さんから意見を求められれば全力で否定していますが、
その上で、上記のような心理から、患者さん個人がそのようなクリニックへいくこと、それ自体は否定できないと思うのです。
ただし、それは「主治医」あってこそ。
必ず「還ってくる場所」があってこそ、だと思います。物理的にも心理的にも。

患者さんには、「一緒に一生歩きますよ」という医師がいれば、その人を失わないで頂きたいのです。
※クリニックの「来院さえしてくれれば一生治療しますよ」ではありません。
一生をつきあう覚悟だから、時には厳しいことも言う。しかし逃げたりもしません。
腫瘍内科医かもしれませんし、緩和ケア医かもしれない。また、小さい頃からかかりつけの家庭医の先生、という場合もあるでしょう。

是非、そのような医師を見つけて、あなたの「主治医」としてほしいものです。


※上記文章中では「抗がん剤の限界」について書きましたが、それは多くの進行・再発の固形癌一般の話であって、抗がん剤で治る癌や患者さんの状態もありますので、ご注意ください。

1 件のコメント:

  1. 全く同感いたします。認知症も同じでアリ○◯◯という薬や、その他の新薬をイワシの頭の様に飲まされて、かえってBPSDを複雑化しています。
    重要なのは、「緩和」という言葉ではなく思う気持ちです。

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