2014年12月28日日曜日

モトスミがん哲学カフェ2015年も開催

「がん」の悩みを


私たちと語りませんか?



「がん哲学カフェ」とは、がん患者さんとそのご家族と医療者とが、カフェのリラックスした空間で、対話するための場所。「がんであっても笑顔を取り戻し、人生を生きることが出来るように支援したい」と願う、順天堂大の樋野興夫先生によって発足されました。


「病気を抱えて、どうやって生きていったらいいのか」「これから、どんな治療を受けていったらいいのか」とお悩みの方へ。私たちとの対話を通じて少しでもお気持ちが整理されるよう、お手伝いをさせて頂きたいと思っています。お気軽にご利用下さい。



【開催内容】

・1/31(土)14時~17時

・2/28(土) 14時~17



123組、各組1時間程度、がんの専門医師とがん看護専門看護師が、がんに関するどんな相談でも受け付けます(診療行為は行いません)。対象は「がん患者さん」「がん患者さんを支えるご家族」です。申込制ですので、お早めにご連絡下さい。



・開催場所:ida cafe


(川崎市中原区井田中ノ町33-9 http://ida-cafe.com/


東急東横線元住吉駅西口から、ブレーメン通りを抜けて徒歩10分(850m)。井田小学校えんじゅ門の近隣です。



料金:無料 (飲み物は、各自ご注文下さい)



予約がない場合は開催されないことがあります。
 
 
【申し込み、お問い合わせは下記まで、メール、FAX、または電話でお願いします】

川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター   西 智弘
TEL: 044-766-2188   FAX: 044-788-0231
e-mail: tonishi0610@hotmail.co.jp

 
西 智弘(にし ともひろ):川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/緩和ケア内科 医師
 

2005年北海道大学卒。室蘭、川崎で家庭医療、内科、緩和ケアを研修後、2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科。2012年から現職。緩和ケア、抗がん剤治療や在宅医療に携わる。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。

2014年8月18日月曜日

モトスミがん哲学カフェ9月・11月予定

「がん」の悩みを

私たちと語りませんか?



「がん哲学カフェ」とは、がん患者さんとそのご家族と医療者とが、カフェのリラックスした空間で、対話するための場所。「がんであっても笑顔を取り戻し、人生を生きることが出来るように支援したい」と願う、順天堂大の樋野興夫先生によって発足されました。


「病気を抱えて、どうやって生きていったらいいのか」「これから、どんな治療を受けていったらいいのか」とお悩みの方へ。私たちとの対話を通じて少しでもお気持ちが整理されるよう、お手伝いをさせて頂きたいと思っています。お気軽にご利用下さい。



【開催内容】

・9/13(土)14時~17時

・11/8(土) 14時~17



123組、各組1時間程度、がんの専門医師とがん看護専門看護師が、がんに関するどんな相談でも受け付けます(診療行為は行いません)。対象は「がん患者さん」「がん患者さんを支えるご家族」です。申込制ですので、お早めにご連絡下さい。



・開催場所:ida cafe


(川崎市中原区井田中ノ町33-9 http://ida-cafe.com/


東急東横線元住吉駅西口から、ブレーメン通りを抜けて徒歩10分(850m)。井田小学校えんじゅ門の近隣です。



料金:無料 (飲み物は、各自ご注文下さい)



予約がない場合は開催されないことがあります。
 
 
【申し込み、お問い合わせは下記まで、メール、FAX、または電話でお願いします】

川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター   西 智弘
TEL: 044-766-2188   FAX: 044-788-0231
e-mail: tonishi0610@hotmail.co.jp

 
西 智弘(にし ともひろ):川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/緩和ケア内科 医師
 

2005年北海道大学卒。室蘭、川崎で家庭医療、内科、緩和ケアを研修後、2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科。2012年から現職。緩和ケア、抗がん剤治療や在宅医療に携わる。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。

2014年6月22日日曜日

2014年緩和医療学会・神戸

今年も、緩和医療学会が終了。
8000人以上が参加する巨大な学会。バカボンパパの「これでいいのだ」をテーマに過去最高の人数を集めることとなった。 

 
今年初めての取り組みとして「組織委員会」なるものを作ったことがある。
昨年までは、大会運営に関わる少数の委員が、全てのセッションを決めていたので、ある特定領域の演題が多くなったり、偏りが出たり、という問題が指摘され、今回は大会で取り上げた方がいい領域を6つに分けて、各領域で積極的に関わっているメンバーを全国から集め、委員会が組織された。ちなみに私は第6グループ「教育・研究・啓発」領域であった。

その組織変更の効果か、今回の学会は例年以上に盛り上がり、各セッションも飽きないものが多かったように思う。手前味噌ではあるものの。

忘れないうちに、私が参加したセッションについて振り返ってみたいと思う。 

 
・輸血についてのpros&cons 
pros&consとは、賛成反対、の意味だが、要は正解が出しにくいテーマについて賛成と反対両方に分かれてディベートを行うというもの。今回のテーマは「輸血」で、胃がんで吐血して入院した、予後が短くなっている患者さんに対し、輸血をするか?しないか?という趣旨だ。私は「しない派」、「する派」は聖隷浜松病院の森先生が務めた。私が臨床倫理の4分割法、森先生はエビデンスを駆使したプレゼンをしたのち、志真先生を患者役としてのロールプレイ。これも、この学会初めての仕掛け。かなり広い会場で500人からの聴衆を前に、リハーサルなし・台本なしのロールプレイをするのはかなりストレス…。その後に、フロアとのディスカッションだったが、若干「する派」が多かったかな?という印象。印象的だった意見としては、数名の医師から「患者さんの意見を十分に入れて、選んでもらうべきでは」というご意見を頂いたこと。私のロールプレイがややパターナリスティックだったためだろうが、まああれは戦略。「インフォームドコンセントで、患者さんや家族に全てを選んでもらうことは時として残酷であり、場合によっては先を見通せるプロとしての医師がリードした意思決定もあると思うよ」というメッセージをあえて伝えるため。その一方で森先生がきちんと、患者さんのご希望などを引き出すようなロールプレイをされていたので、その意味でも対比ができて良かったのではないか。

・ランチョン:緩和ケアセンターと疼痛管理 
癌研有明の服部先生のご講演。一昨年初めて服部先生の講演を聞き、その面白さに驚愕したが、今回もとても楽しませて頂いた。ただ若干、癌研有明自体の宣伝?と思われる内容ではあったが。もっと、緩和ケアセンターの立ち上げの留意点や活動内容、全国整備における課題なども伺いたかった。 

 
・講演:病院の世紀の理論 
こちらは私が企画立案した、『病院の世紀の理論』の著者、猪飼周平先生のご講演。本は結構難解なので、この機会に講演で聴いていただくことは意義があると思ったし、内容も是非今後緩和ケア従事者であれば聴いて頂きたい内容である。ただ、講演も中々難解…私は以前から何度も本を読み、講演も伺っているので楽しめたが、他の方々はどうだったかな〜と少し心配。 

 
・専門医フォーラム 
こちらは昨年も出席した、専門医試験を中心としたフォーラム。昨年と同様、試験の受験の仕方や試験内容などが中心で、昨年も出た自分としては結構退屈。じゃあ何で出ていたかと言うと、同じ時間帯に他に出席したいものがなかったのと、最後の神戸大・山口先生の緩和医療Up
to dateが聞きたかったから。このup to dateは、2013年に出された、専門医なら知っておきたい論文数本をレビューする、こちらも初めての企画。出された論文の内容はいずれも知っていたが、山口先生の解釈を伺うことができてとても参考になった。その後の質疑応答で、フロアから「多死時代に向けた専門医のあり方についてディスカッションすべき」という意見が出たが、本当にその通りで、せっかく専門医フォーラムと銘を打っているのだから、こういった受験対策を全国大会でやるよりも、もっと建設的な意見交換ができる場にした方がいいだろうと思う。 

 
・若手グループPCREG飲み会 
今回は、国立ガン研究センター東病院・田上先生と松本先生に幹事をして頂き、若手緩和グループPCREGの飲み会があった。PCREGは、3年ほど前に、緩和ケアに興味のある若手医療者の横のつながりを作る目的で作られたグループで、最初12人で始まったのが今では140人を超えた。普段はメーリングリストを中心としたネットワークだが、実際にこうやって会って交流できたのは貴重な機会だった。ちなみにこのグループは、私のアドレスtonishi0610@hotmail.co.jpに連絡いただければ卒後20年以内の医師・看護師・薬剤師などの医療者および医学生が登録可能である。

・こどもに対するいのちの教育
2日目の朝一番は、二日酔いの中、実は初めての「座長」を務めた、こどもへのいのちの教育のセッションである。これも私が企画したセッションだが、結構コアなテーマなので、人が来るかな?と危惧していたら、300人入る会場は超満員で立ち見が絶えないほどの人気だった。シンポジストを務めて頂いた、小澤先生、堂園先生、安藤先生のプレゼンは三者三様、突然の「アナと雪の女王」上映で笑いが起きれば、子どもとお母さんの別れの話では会場で多くの方が涙、そして実践的な内容も多く含まれとても参考になった。小澤先生の、「いのちの教育で緩和ケアの魅力を伝え、文化を作る」の言葉に、熱くなった参加者も多かったのではないか。小澤先生が、あえてがん教育ではなくいのち、そしてスピリチュアルをメインテーマに取り上げ教育していることに驚きを覚え、「がんという自分と近しくないテーマを扱うより、苦しみを抱えて生きていく普遍的なテーマを扱うほうがいい」といった意図に感銘をうけた。いのちの教育を全国で広めていくにはまだまだ課題も多いが、学術大会でこういった未来を見据えた企画が実現できたのは良かったと思う。

・認知症の緩和ケア 
認知症の各種ケアについての専門家が一同に介したこの企画は、かなり豪華であった。結局は、どのケア方法も似たような部分をコアとしているし、それはケアをする立場として当たり前のことなのだけど、中々難しいなあということを感じた。特に気になったのはユマニチュードケアについてで、これは本もDVDも買ったので、自分でも読むし、院内研修会も企画してみたいと思う。

・ポスターセッション 
今回は口演がなく、公募演題は全てポスターであったが、全てのポスターを見て回ることができ、結構勉強になった。PCREGからも、森先生を中心とした若手ニーズに関する全国量的研究の結果を発表。優秀演題に選んで頂き、今後の日本の教育研修にとって重要な知見を提供できたと考えている。
ただ、ポスターセッションはやはり数は多すぎ。いや、厳密に言えば数は多くてもいいのだが、全体的な質がもっと高く、魅力ある研究・報告を増やしていかないとならない。

・来年に向けて 
今回の学会は中々成功と言えるものが多かったのではないかと思うが、それでも学会後の組織委員での反省会では、今回の課題と来年に向けての課題が多数出されていた。全国から人を集めるのだから、交流+重要な意見交換、質の高い研究・報告に対するディスカッションができる姿を目指していきたい。
来年は横浜。今回の反省を生かし、より有意義な学術大会としていけるよう、微力ながらこれからも尽力していきたい。

2014年6月18日水曜日

腫瘍内科と緩和ケアの統合

腫瘍内科と緩和ケアの統合について、近年論文も発表されてきており、世界的にも注目が集まってきている。

緩和ケアは治療早期から関わることがベスト、という中で、緩和ケア医も抗癌剤治療などの内容に通じていることは重要であるし、腫瘍内科医にとっても、担当する患者さんのうち(専門にもよるが)、半数以上は根治が難しい緩和的化学療法の方であり、自らも緩和ケアを提供できる必要がある。

このように書くと、腫瘍内科と緩和ケアの統合についてのシステム構築や教育研修体制整備はすぐにでも開始すべきである、と思われるかもしれないが、ことはそんなに簡単ではない。
単に、同じ科の中に腫瘍内科医と緩和ケア医がいて、定期的にカンファレンス(キャンサーボードのように)を行っていれば「統合」されたことになるのか?それは必ずしも真ならず、だろう。腫瘍内科医、緩和ケア医の双方が、お互いの領域をある程度カバーできるくらいでないと、実際には「統合」されたとは言い難い。まずは双方の教育こそが大切である。

しかし、どのように教育研修体制を作っていけばいいかも、わかっていない。研修医が腫瘍内科を半年、緩和ケアを半年、ローテート研修すればそれで学んだことになるのか?それとも、腫瘍内科も緩和ケアも一緒に学べるような部門を設立した方が良いのか?
そもそも、本邦においては腫瘍内科も緩和ケアも、専門科としては新しい部類に入る分野であり、大学での講座も少ないし、ましてや両者が統合されて教育を行っているところはもっと少数である。
これは、大学だけではなく、市中病院などについても同じ事が言える。

当院では、来年から正式に私が「腫瘍内科」を標榜し、消化器癌の臨床と院内のがん治療体制の整備を行っていくことになった。ただし、ケアセンターから大きく離れるわけではないので、これまで緩和病棟・緩和チーム(緩和ケアセンター)・在宅ケア・地域包括ケアを一手に行っていた、かわさき総合ケアセンターに、腫瘍内科としての機能が加わることになる。
うちのボスは「抗癌剤治療から緩和病棟、在宅ケアまで。がんも非がんも」1つのセンターで臨床・教育を行っていくことを考えているようで、これが実現していけば、当院はかなり最先端な教育研修施設となりうるのではないかと期待している。

腫瘍内科と緩和ケアの統合、そしてそのための教育を日本で展開していくための道のりは遠い。しかし、できる範囲で各施設が工夫を凝らし、国内外のさらなる研究や実践の内容を取り入れ、患者さんに取って有意義なシステムを作っていくことが求められてきている。

2014年5月11日日曜日

延命と生活の質

大腸癌化学療法のエリアミーティングというのに参加。
ASCOの結果を予測して、結果がどうなら臨床がどう変わるか、という議論。

メインテーマはやっぱり、緩和的化学療法のセッティングで初回治療をセツキシマブでいくか、ベバシズマブでいくか、なんだけれども、全体の雰囲気が「セツキシマブが全生存期間で勝てば、当然そちらを優先的に勧めますよね」という論調にはやはり素直に同調できない。

化学療法やって、生存期間中央値が2年くらい、それがセツキシマブだと2年半に延びます、でもそのうち1年以上は色々な皮膚障害に悩まされます、を優先的に患者さんに勧める気になれない。生活の質を考えたときに。もちろん選択肢として提示はしますが。

自分はASCOの結果がセツキシマブ優位に出ても、「全国的にはセツキシマブから始めるのが普通です。でも自分はベバシズマブから始めるのを勧めます。理由は…」と正直にお話しすると思う。参加されていた先生には「寿命が半年延びることを上回る『生活の質』なんてあるのか」と問われたけれども、多くの患者さんが期待する治療って、副作用がつらくなく普通に暮らせる前提で、どれくらい寿命が延びるか、が多くが期待するところじゃないかなと思うわけで。副作用でつらい思いをしての半年間の寿命延長こそ、どうなんだろうなと。もちろん、患者さんの選好や生き方、考え方に応じて治療は選ぶし、副作用管理ができてこその腫瘍内科医だけど、自分はやっぱりセツキシマブを初回から、はお勧めしない、と思う。
「半年」の意義もひとそれぞれ。では何ヶ月だったら無視できない予後延長なのか、と言われると言葉につまる。それはやはり各人の価値観に照らし合わせて判断していくしかないのだろうなと。

このスタンスでいくと、セツキシマブのこともベバシズマブのことも両方説明しないとならないし、全国的にはたぶん自分の考え方が少数派だろうから積極的にセカンドオピニオンを勧めることになると思われ、とても時間がかかりそうだが、そもそも一人の人生を決めるのに、そんなに簡単に決められないよなと(もちろんすぐに治療を開始する必要がある例はこの限りではないでしょうけど)。

たぶん、議論していての「違和感」のもとは、セツキシマブの治療とベバシズマブの治療の、両方のオプションを提示して中立的に説明してくれる医師がどれくらいいるのかな、という危惧である。
我々医師は、セツキシマブの副作用はこれくらいで、こうやったらマネジメントできて、効果もこのくらいで・・・といった「体験」がすでにあるけれども、患者さんにとっては全てが初めての体験。情報の非対称性があるのだけれど、それを前提にして、セツキシマブを「優先的に」勧めれば、例えば
「これが一番最新の研究で最も効果があるとされた治療です。皮膚障害がこれこれこれくらい出ますけれどもこれはしっかり予防治療して、皮膚科の先生とも連携しながらマネジメントしていきます」
とか言われれば、多くの患者さんはそちらを選択するのではないだろうか。そして、その選択をしてもらうときに、どれくらいの医師が「その人の人生」全てを考えてくれるだろうか。また、たとえ心ある医師でも、日本の外来の限られた時間の中で、初対面の患者さんのことをどの程度わかるというのだろうか、という思いもある。

患者さんの悩みの8割くらいは、主治医とのコミュニケーションエラーが基本となっている、とがんサロンやがん哲学カフェを運営していて思うコミュニケーションは双方向だから、どちらが100%悪い、というのはないんだけれども、やはり医師は基本的には「強い立場」にいるということを自覚して、患者さん・ご家族の思いをくみ取るように歩み寄る必要はある。

生命予後を延長することは、医師にとって最優先事項であることは確かである。生活の質が大切なら、某Drのように「抗癌剤治療はしてはいけない」という方向になってしまうが、それはナンセンスだ。
しかし、患者さんの人生は、治療のためにあるのではない。以前に、とある先生が「医療の目的は生命予後と生活の質を掛け合わせたものを最大化すること」とおっしゃっていたが、まさにその通りだなあと思う。
目の前の患者さんに対する抗癌剤治療において「生命予後と生活の質を掛け合わせたものを最大化すること」はどういうことなのか、常に考えながら治療に当たるのが原則。

ASCOの結果がどう出るのか、楽しみである。

2014年3月5日水曜日

【元住吉】がん哲学カフェ4月・5月予定

「がん」の悩みを
私たちと語りませんか?



「がん哲学カフェ」とは、がん患者さんとそのご家族と医療者とが、カフェのリラックスした空間で、対話するための場所。「がんであっても笑顔を取り戻し、人生を生きることが出来るように支援したい」と願う、順天堂大の樋野興夫先生によって発足されました。


「病気を抱えて、どうやって生きていったらいいのか」「これから、どんな治療を受けていったらいいのか」とお悩みの方へ。私たちとの対話を通じて少しでもお気持ちが整理されるよう、お手伝いをさせて頂きたいと思っています。お気軽にご利用下さい。



【開催内容】
4/12(土)14時~17時
・5/10(土) 14時~17



123組、各組1時間程度、がんの専門医師とがん看護専門看護師が、がんに関するどんな相談でも受け付けます(診療行為は行いません)。対象は「がん患者さん」「がん患者さんを支えるご家族」です。申込制ですので、お早めにご連絡下さい。



・開催場所:ida cafe


(川崎市中原区井田中ノ町33-9 http://ida-cafe.com/


東急東横線元住吉駅西口から、ブレーメン通りを抜けて徒歩10分(850m)。井田小学校えんじゅ門の近隣です。



料金:無料 (飲み物は、各自ご注文下さい)



予約がない場合は開催されないことがあります。
 
 
【申し込み、お問い合わせは下記まで、メール、FAX、または電話でお願いします】

川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター   西 智弘
TEL: 044-766-2188   FAX: 044-788-0231
e-mail: tonishi0610@hotmail.co.jp

 
西 智弘(にし ともひろ):川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科/緩和ケア内科 医師
 
2005年北海道大学卒。室蘭、川崎で家庭医療、内科、緩和ケアを研修後、2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科。2012年から現職。緩和ケア、抗がん剤治療や在宅医療に携わる。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。


2014年2月10日月曜日

医療の民主化

とある雑誌の取材を受けることになって、いま自分が色々とやっていることを一言で表せないかな~、と思っていたところ、

「医療の民主化」

という言葉が浮かんできた。

そうそう、それそれ!医療の民主化!それが自分のやりたいことを一言で表せる言葉だよ!
って、あれ~どこかでこの言葉、聞いたような・・・。
と思っていたら、やっぱり佐久病院の故・若月俊一先生のお言葉。

あ~、やっぱり自分がやりたい医療の姿って、若月先生が考えていた姿そのものなんだな、と改めて実感。

ところで、この「医療の民主化」という言葉、あまり聞き慣れない言葉と思うが、以下のリンク先の解説が、結構適当かなと思い引用する。
http://tommy.asablo.jp/blog/2013/11/28/7079612

「医療の民主化とは, 自分たちの問題を自分たち自身でとりあげ, 自分たち自身で解決の道を探れるようになる事」 です.

医療の民主化をこの様に理解するなら, 佐久地域はまだ実現していませんし, 日本の中で実現している地域はないのではないでしょうか.

医療の民主化のためには, 本当の意味での "住民参加" が必要になると考えるからです.
  

私の言葉で言えば「医療を、住民ひとりひとりの手に取り戻す」ということ。

本来、医療ってそんなに特別なものではない。
日々の食べものや生活に気をつけることでの体作りに始まり、体調が悪いときの休養の取り方、民間療法的な治療や、市販薬の利用などが主で、医者にかからないとならないのはめったにない。
もちろん、私も入院しなければならないくらい大きな病気をしたこともあるし、全てを自分の手でできることはないけれど、それも「全てお任せ」ではなく、医療の専門家と相談しながら自分でいろいろと決めていきたい(もちろん「お任せ」が絶対ダメというわけではないけど)。

そして、医療が民主化するためには、もっと医療自体が身近なものに変わっていく必要もある。
健康を、自分事として考えたときに、近いところに情報や仕組みが転がっているのが理想的。
そうすることで、そういったリソースを自分のスタイルで利用できるようになる。

例えばiPhoneができたとき、私たちとインターネットの距離は確実に近くなった。それまでは、自宅に帰ってパソコンを起動するまで待たないとつながれなかったものに、まちなかで待たずにつながることができる。そしてそれは私たちの生活を確実に変え、アクセス的に遠かった「ネット」というツールを「自分たちのものとして」自由に利用できるスタイルを生んだ。

そういった変化を、医療でもおこしていく必要がある。

2014年1月4日土曜日

医療の呪縛

 緩和医療は治癒が困難となった疾患を抱える患者さんに対して「命の長さを延ばすことも、縮めることもしない」医療であるとされている。

 緩和医療の考え方は、だいぶ世の中に広まってきて、死を見据えてどうやって充実した生を生きるか、という部分が重要視されるようになってきた。
 結果として、延命効果の判然としない人工呼吸器の装着や胃ろう造設については、患者さん側も希望しない、こちら側も勧めない、という事例が増えてきたと思う。

 そういった部分をとらえて「緩和では、検査とか治療とかは何もしてくれないんですか」と問われることもある。もちろん、患者さんに対して「何もしない」というのは極論である。
 ただ、「どこまでやるべきか」という部分については、常に悩まされるところではある。

 私はそれを「医療の呪縛」だと思っている。

 私が、最初に研修を受けた病院では、緩和医療を教えてくれた先生は極力医療的なことをしない、という方針であった(というように私には見えた)。熱が出ても下血があっても意識レベルが下がっても検査も処置もしない。
「何もしない医師」に私には映った。
 若かった私は日々それに不満があり、ある時
「こんな状態になって検査のひとつもしないんですか!」
と、くってかかった記憶がある。その時に先生は、
「もう残された時間が少ないときに、検査だ、処置だ、とバタバタして、本人や家族にとっていいことはない」
と穏やかにおっしゃられた。
 当時の私は納得できず、その病院を飛び出してしまったが(それだけが理由ではないが)、今となっては自分自身がその「何もしない医師」である。

 もちろん、本当に「何もしない」わけではない。
 症状を和らげ、患者さん・家族と対話し、死に向かいながら生きる支えとなるように考えながら診療している。
 ただ、ある程度病状が進んできた状況で、大きな処置はしないにしても、ある程度簡便な処置(採血や点滴など)で時間を延ばせるかもしれない、というときに、私は「医療の呪縛」と闘わなければならない。
 医療は「死に抗い、命を延ばす学問である」という側面もある。少なくとも一時期までは、それこそが絶対的な正義で、医師はどんな状況でも諦めず1分1秒でも命を延ばすことこそが至上命題とされてきた。私たちの深層心理にはそういう意識はいまだにある。

 それが今は変わってきた、というのは前に述べた通りだが、この呪縛がいまだに私を苦しめる。
 人工呼吸器のような苦痛を伴う処置はしない、でも貧血があったら輸血をするか?意識レベルが下がったらCTなどで全身精査をすべきか?一時的につらい処置でもやれば確実に延命の可能性がある処置ならするべきか?

 私自身の答えは「それで患者さんの生活(生命)の質が向上されると判断されるならやることを考慮する」というものだ。ケースバイケースで考えるし、そこに延命するかしないか、という部分はあまり関係がない。自分の中ではそれでいい。
 ただ、こういった考えは周囲と相容れない場合もある。
 とにかく、延命できる可能性がある部分については、医師としてきちんと治療すべきだ、という考え。命を延ばすことは何よりも生命の質を高める行為だ、とする考え。それをしないのは医療倫理的に問題だ、とされる。
「何もしない」と決断することは、何かをすることよりも勇気がいることだと思う。考えもなしに「何もしない」決断をしたわけでもない。しかしそう決めた私自身が、周囲から、医療の呪縛から、そしてかつての師を糾弾していた過去の自分から責められているような感覚は常にある。
「何かをして」結果うまくいけば評価される。うまくいかなくても「これだけ頑張ったんだから」という充実感はあるかもしれない。しかし「何もしない」ことは、誰からも評価されず、「何かしておいた方が良かったのか」という苦悩とひとりたたかわなければならない。

 確かに、何かをして、生きて目を開けている時間を延ばす限り、家族と話す時間もできるし、TVを見たり、明日の朝食も食べられるのかもしれない。
 ただ、それはその方の時間的に見れば1点だけを切り取ってしている議論であり、ずーっと病気と戦ってきて、その結果のいま、ということを考えたときに、緩和医療の原則である「命の長さを延ばすことも、縮めることもしない」という言葉が重くのしかかってくる。

 例えば、癌で全身転移があり、痛みなどと戦いながら長く療養してきた高齢の患者さんが、ある時意識状態が悪くなってもうろうとしてきた。家族は、
「もう高齢だし、これまでたくさん苦しんできた。いま苦痛がないならこれ以上検査とか処置はしなくていい。本人もそれを望んでいました。どうせ回復しないのだし。」
と話され、基本的にそのまま看取る方針だったとする。しかし、さらに意識レベルが落ちたときに、病棟の看護師が当直医師に相談し、CTが撮影され、脳転移が見つかる。そうすると、脳浮腫を取る薬を入れたり、ステロイドを投与したり、放射線治療もやるぞ、ということになって、結果的に患者さんは少し意識を回復し、会話もできるようになった・・・、という場合。
 結果的に色々処置をしたことで、患者さんの意識は良くなり、もしかしたら寿命も延びたかもしれない。しかし、患者さんの目を覚まして、その先にあるのは、また病気との戦いである。

 この例において前者と後者の医師、どちらが正しい、と皆さんは感じますか?

長く病気と戦ってきて、ようやく楽になれる時間ができた。本人・家族もこの状態でいることが望ましいという。検査や処置をすること自体が苦痛だし、目を覚まさせても、その先にあるのはやはり苦痛かもしれない。ならば医師はその思いに添おう、という考え。

回復可能な病態があるのであれば緩和医療の対象の患者さんといえどもきちんと検査・処置をして回復するかどうか試みるべき。回復しないかどうかもやってみないとわからないし、回復すれば、また家族と会話をしたり、この世のものを見たりできるのは良いことだ。目を覚まして苦痛があればその都度緩和していけばいい、という考え。

 どちらかが善でどちらかが悪、といった明確には分けられないと思うが、今になって、当時の師の思いが少しずつわかってきた気がする。
 緩和ケア医というのは、けっこう孤独なものなのかもしれない。

2014年1月1日水曜日

昨年の振り返りと2014年のビジョン

 昨年1月のブログでも書いたとおり「活動を外向きに広げる」を2013年のテーマとして活動してきた。

 1月に「こすぎナイトキャンパス(地域における読書会)」に参加したことから、この1年間はスタートしたといえる。その勉強会に参加している方々とのつながりから、まちづくりのワークショップへの参加や、「社会と医療をつなげる」ことを目的とした様々な勉強会や集会に参加した1年間になった。
 中でも、「まち・ひと・せいかつワークショップ」で1年間かけて武蔵小杉のまちづくりを考えたこと、そして「待合室から医療を変えようプロジェクト」の講演会に伺って、病院と地域をつなげることのヒントを頂いたことが、2014年へつながる活動へ結びついている。


 2014年につながる大きな活動のひとつが「+Care project」だ。これはワークショップ・イベントの実施や、既に事業を行っている方々とのコラボレーションなどを通じて、地域のヘルスリテラシーを高め、小杉を中心とした地域を「病気にならないまち/病気になっても安心して暮らせるまち」として、ずっと健康に安心して暮らせる地域にしていくことを目的とするプロジェクトで、2014年1月から地域のNPOや企業、医療者などが連携して進めていくことになっている。私はプロジェクトマネージャーとして、まず今年はこのプロジェクトを地域へ広めていくことを目標としたい。
 もうひとつの大きな活動は「レストランサポートプロジェクト」である。これは前述の「待合室から医療を変えようプロジェクト」の後援を受けた企画で、医療者と市民が一緒に、レストランという場を通じて「食」を考え直す、という全国でも初めての企画である。昨年4月から活動を続けてきたが、本邦において病院レストランを考える上でのモデルとなる知見を提供していくことをめざし、今年2月ころに成果を発表できるよう準備を進めている。

 また、院内では「ほっとサロンいだ」を開設し、1年間その運営を行ってこれたことも大きな成果であった。これは院内の様々な方々やボランティアさん達のご協力があってこそだが、マギーズセンターに少しでも近づけるよう活動を続け、開設当初とは比べものにならないくらい、その質も向上した。サロンを通じて「地域と病院をつなげる」という目標も、多くの企業や市民の方々に入って頂けたことで、成果を上げられたのではないかと思っている。「ほっとサロンいだ」が院外に出る形での「モトスミがん哲学カフェ(樋野先生のがん哲学外来とのコラボ)」や「よろづ健康相談(商店街、+Care projectとのコラボ)」も成功を収めたといえるだろう。

 ただ、2013年は「外に活動を広げ」すぎた影響で、かなり疲弊した、というのも事実である。上記の他にも学会の活動や発表、様々な勉強会や執筆活動など、とにかく「No」と言わずに仕事を引き受け、興味があるものには全て参加してきた結果である。
 2014年は、レストランサポートプロジェクトや+Care projectを中心として、ある程度力の配分を考え、集中して取り組むことを目指したい。断らざるを得ない仕事も出てくるだろうが、なるべく各方面に迷惑をかけないように調整しながら取り組んでいきたい。


 川崎に帰ってきてからの2年間で、ようやく様々な活動・コンテンツがお互いにつながって有機的なシステムになりつつある。多くの方々とのつながり、支えがあってこその成果である。今年もこれを大切に育てていきたい。

皆様、今年もよろしくお願いします。