2011年1月27日木曜日

緩和病棟の在院日数

先日、mixiの方で「緩和ケアを受けたいと思い、緩和病棟に申し込みをしたが『当院は入院できる期間が決まっている』と言われ、療養型へ転院となった」という相談を受け、
「入院期間が決められている緩和病棟なんてないだろう」と思って調べてみると、数は多くないものの、いくつかあるらしい・・・。

そもそも、一般病棟は大体入院3ヶ月経過すると、診療報酬が大幅にカットされ「寝ているだけで赤字」となるので、多くの方は退院や転院を促されますが、
緩和病棟はその縛りがゆるく、それなりの期間入院しても大丈夫なように、制度上なっているはずです。
私が以前勤めていた病棟では、1~2年近く入院していた方も少数ですがいました。

とある緩和ケア医のブログから引用します。
ソースはhttp://blog.livedoor.jp/kotaroworld/archives/51587150.html

>(以下抜粋)
都内にある、有名な某ホスピスは、入院の際に
「当院のホスピスには2週間しか入院出来ません」
という説明を受け、承諾された方しか入院出来ないそうです。もっと長い入院が出来ないのですか?と尋ねると、「他に終生入院出来るホスピスがあります」
と他のホスピスを紹介されてしまうそうです。
困って私達のホスピスを訪れる方が何人かおられました。

良い事か悪い事か、皆さんがどう考えられるかは分かりませんが、多くの方々の理解とは逆に、
ホスピスは最期までずっと入院する施設ではなくなって来ています。即ち、基本は在宅。ホスピスは症状のコントロールを行う施設であって、症状が落ち着けば原則退院、という考え方に変わってきています。
もちろん、まだ長い期間入院出来る施設もありますが
「ホスピスの在院日数を見ればその施設の質が分かる」
と言われる時代です。少しずつ傾向は変わってくるでしょう。
(もともと、欧米のホスピスは平均在院日数は1週間程度ですので、驚くには当たらないのかもしれませんが)

これはある意味仕方ない事かもしれません。
高額医療等の制度があるので、個室料金などを除けば患者さまの負担自体は月数万円になりますが、ホスピスでは実際、1日38000円程度、1人が1年間入院すれば1400万円程度の医療費がかかっています。
これだけの医療費をかけているのですから、当然ホスピスは、よりホスピスケアを必要としている人にベッドを提供すべきではないか、という考えが出て来ます。
がんはあるけれども苦痛はあまりなく、ただADLが低くて在宅介護が難しいという方がずっと入院していて、死が目前に迫り、痛みも呼吸苦も吐き気も緩和出来ていない患者さまが入院出来ない、というのは確かにおかしな話です。

すると、症状が軽くなった方は、重い方にベッドを譲って退院して頂き、状態が悪くなったら、またその時に入院して下さい、無理なら療養型病院に転院して下さい、という事になります。しかし、これではある意味
「次の患者さんがお待ちですから早く退院か転院をして下さい」
という急性期病院とあまり変わらないではないですか。

冒頭で紹介したホスピスは、既にそのような考えを推し進めているのだと思います。しかし、多くの患者さまが困って他のホスピスを訪れているのも確かなので複雑な心境です。
結局、制度が整う前に考えだけ先に行ってしまうので取り残された患者さまは途方に暮れてしまうのです。
介護力がない患者さま、御家族も苦しまれているのですからホスピスに変わる救済方法を考えていかなければいけません。
>(抜粋終了)

良記事です。私も本当にそう思います。
この事実を知ったときは、私はショックでした。
こんな医療者側だけの理論を、患者さんに押しつけていいのか、と。
こんな考えが「正しいこと」として広まったら、とんでもないことです。

担癌患者でも安定していれば診てくれる療養施設は、最近でこそ増えてきましたが、
まだまだ理解が乏しいのが現実ですし、ちょっとした症状の変化には対応しきれない面もあります。
そうすると、在宅に帰ることになるのでしょうが、
ADLの低下した担癌患者さんを、自宅で診るというのは家族にとってはかなりのストレスです。
本人は家の方が気楽かもしれませんが、家族は相当な覚悟をもって臨んでいます。そのために仕事を辞めざるを得なかったりする人も中にはいるわけです。
そのような状況を知ってか知らずか
「ホスピスは症状緩和に特化、安定したらすぐに転院か在宅」
と言ってしまえる神経が信じられません。
しかも、在宅に帰っても、自分たちでは診にもいかないのに!
在宅の現場、その苦悩も知らず、気軽に「在宅を推進」とか言わないで欲しい、と思います。

在宅ホスピスは、患者さん自身にとってはいいことはたくさんある。
入院中はせん妄や疼痛のコントロール難しく、食欲も無かった方が、
家に帰ったとたんにしっかりして、食事も食べ、疼痛も治まる、という例は何例も見てきた。
だからこそ、安心して在宅医療を勧められる環境をまず作り上げることが先決である。
決して、病院の哲学で「在宅へ追い出す」という文化をつくってはならない。

2011年1月18日火曜日

医療に対する興味の違い

前の病院での話。

初期研修や後期研修目的で、年に数人の見学者が来る。

そこで、当院ならではの研修の方法などをよく話すのだが、
その後に
「研修の特色はわかりました.では、病院としての貴院の特徴は?」
と聞かれたので、

公立病院として、無保険や生活保護や施設入所者など、周囲の急性期病院がなるべく避けるような背景の患者さんに対し、いかに工夫して医療を行い、そしてその後の社会的・福祉的支援とつなげていくか、という使命とその面白さや、
地域に密着し、在宅部門で地域に飛び出す、という医療のニーズとその専門性など、

これ以上ないという熱の入れようで話して聞かせるのだが、
たいていの場合、
「はあ」
と、全く共感が得られない.
トークをしてても空振り感満点だ.

はじめは、
「何で心に響かないかなー、俺のトーク力がないからかなー、説明がわかりにくかったかなー」
とか思っていたのだが、
最近、
「そもそもそういうことに興味がある医師のほうが少数派?」
ということに気付き始めてきた.
私は、上に書いたような社会的、地域密着というキーワードで語られるような医療の内容にとても興味があるのだが、

どちらかといえば、みんなの興味は
「ここで研修するとどういう資格が得られるか」「どのくらい多彩な症例数を診れるか」
だったりする。

そりゃあ、荒んだ生活の結果としての臓器機能低下とか、寝たきり高齢者の繰り返す誤嚥性肺炎とか、いくら診ても専門医の資格取得には役立たないからね!(怒)

しかし少数派だから、共感してもらえる人にはほとんど出会わない.
私は面白いと思うんだけどね・・・.

2011年1月15日土曜日

緩和施設不足問題

twitterにて「緩和施設不足の現状をどう解決すればいいと考えているか、意見を聞かせて欲しい」と言われたので、少し考えてみる。

緩和施設それ自体は、一時期の設立ラッシュは過ぎたものの、今後も少しずつは増えていくと思う。
ただ、そのスピードは患者さんの需要に全然追いつかないだろうし、何よりスタッフが足りない。
現在、全国のホスピスでは、一人医長として頑張っているところがかなりを占めるだろう。
今でもスタッフが足りない、というところにいくらハコモノだけ作ったとしても、質の低い緩和ケアが提供されるのが関の山だ。
前にも書いたように、若手緩和ケア医のキャリアパスは混乱しているし、どの研修方法を選んだとしても、一人前になるためには時間がかかる。
産婦人科や外科、小児科などが不足してる現状で、緩和医だけを増やすのにも限界があるだろう。

解決策は?
ひとつは、癌に関わる医師全てが緩和医療をできるようにする「peace project」だが、
一定の成果は挙げているものの、基本座学中心の土日の研修で、一体どれほどの技術が身についているか、甚だ疑問である。
緩和は、単に疼痛に対してモルヒネを投与するとか、患者さんと会話をしていれば言いわけではなく、
少なくとも緩和医の不足を補うほどの技術をつけるためには、数ヶ月単位の研修は必要である。

そこで、私が期待しているのは「家庭医」の先生方である。
家庭医の先生方に、月単位で緩和の研修に来て頂き、在宅ホスピスを推奨するということである。
もちろん、地域の後方支援病院は必須であるが、うまく協力すればお互いの心理的負担はかなり軽減できるように思う。
もうひとつは、特養や老健などでも癌の患者さんを受け入れることだ。
実際、安定している患者さんの場合、癌があったとしても病院に入院している必要はほとんどないことが多い。
緩和医もしくは緩和を学んだ家庭医が定期的に往診すれば良い。
そして、どちらの場合も、必要に応じてホスピスを利用する。

今は、在宅は家庭医、ホスピスは緩和医、老健施設などは癌はダメですよ、なんて言って、
お互いに融通が効かないから、ただでさえ少ない医療資源が流動しない。
患者さんのニーズに合わせて、家に帰りたければ在宅へ、家族の負担が心配なら特養へ、症状コントロールが集中的に必要ならホスピスへ、と使い分け、必要に応じて医師も各施設での対応をすべきではないか。
つまり「地域全てを病院と考える」ということである。
地域にある資源をひとまとめにして考え、各部署でできることをする、資源は流動的に用いる。
というのが、現時点で取りうる最大の方策か、と考えるがいかがだろうか。

是非、賛否および代替案など募集したい。

2011年1月14日金曜日

偏った価値観

 がん患者さんを中心に診るようになり、様々な施設で研修を積む中でわかったこと。
それは、

がんの患者さんも一様じゃないってこと。

そんなのあたりまえじゃん!
と思われるかもしれないが、
実際にはひとつの施設で診ている患者さんは大きく分ければ皆一緒。
心理的には皆一緒、とも言える。

つまり、患者さん達を大きく分けると
①外科にかかってるひと。癌は切って治ったけど、再発のリスクがあったり、という患者さん。
あとは、
②腫瘍内科にかかっているひと。癌を薬でなんとかコントロールしようと頑張っている患者さん。
③緩和ケア科にかかっているひと。治療がなくなり、紹介されて病棟に入院したり、外来通院を続けている。
そして、
④標準治療はなくなったけど(もしくは拒否)、まだ何か治療は無いか、と民間療法や免疫療法、自費診療のクリニックなどに通う患者さん。

私は①~④全ての施設(科)で研修を受けたことがあるので、上記の全ての患者さんと話したことがあるけど、それぞれの群の患者さん達で、言っていることや価値観は全く違う。
②の患者さんは絶対にホスピスなんて行きたくない!という人が多いし、④の患者さんは化学治療も緩和も基本的には否定的な方が多い。

何が言いたいかというと、
自分が診ている患者さんだけで、全体を判断しちゃいけないな、
ということです。
特に緩和医は、自分のところに紹介されてくる患者さんだけを見て、
それまでの治療や、現在のがん治療の世界に対する批判を述べたりすることがあるが、
自分が診ている患者群も、実際にはかなり選りすぐられた人たちであることを理解した方がいい(これはがん診療に限らずいえることだが)。
実際には、ホスピスに行けず、腫瘍内科や外科が終末期を診ている、その患者さんたちの考え方・気持ちも聞き、その上で今後の緩和医療のあり方を考えるべきと思う。
多くの人たちがホスピスを拒否している、その現実を知るべきである。

自分の診療が、目の前の患者さん達から得られる偏った価値観のみで行われていないか、時々再考する必要がある。

特に、これから緩和医・腫瘍内科医を目指す人は、④の患者さんについては、通常の研修過程ではまず出会うことが無いので、是非一度そういう施設を求めて、見学に行くことをお勧めする。

医師はとかく自分たちの壁の中に閉じこもりがちだが、壁の外にも医療があることを知った方がいい。
それらの施設でやっている治療は、必ずしも正しいとは言えないことも多いが、そこに通っている患者さんの声を聞くことは、大きな意味があると思う。

2011年1月12日水曜日

緩和医として、つらいこと

これもちょっと前に書いた日記(一部改編)
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最近、うちの病院にも学生さんがよく見学に来るようになった。
マッチングが近いからだろう。
緩和病棟はうちのひとつのウリなので、病棟で一番学生に近い(歳が)私によく案内が回ってくる。

そういうときに、必ずといっていいほど聞かれる質問は
「患者さんが次々と亡くなっていくのって、辛くないですか」
というものだ。

これは、緩和医としては辛くない(人間としては、別)。
「自分たちの治療で患者さんの症状が取れて、家族と一緒に散歩に出たり、好きな音楽が楽しめるようになったり、うまくいけば旅行に行けたり…そういう楽しい時間を少しでも持つことができて、最後に皆が満足しながら旅立っていければ、それはつらいことではないよ」
と答えるようにしている。

だから、逆を言えば、つらいことは「受け持ちになってすぐに患者さんが急変すること」と「症状コントロールが上手くいかず、いい時間を過ごしてもらえなかったこと」。
癌患者さんはその疾患上、いつ急変してもおかしくないのは確かである。
でも、ようやく緩和病棟に入院して、さあこれから、というときに意識レベルが低下したり、肺炎を併発したりすると、本当につらい。
そのまま亡くなってしまったりすると、本当にただ「看取り」をしただけの人になってしまい、お互いに無念さが残ってしまう。

家族からも「何のためにここに来たのでしょうか」とか言われると本当につらい。

ある患者さんは、一般病棟で入院してきたが、入院翌朝に急変した。
「このまま旅立たせるわけにはいかない」と、師長に無理を言って急いで緩和病棟に上げてもらった。
幸い、ちょと持ち直して、今日一緒にきれいな夕日を見た。
といっても、窓の向こうは建物があり、患者さんのベッドからは夕日に染まる白壁を見るだけだったけど。
でも、入院してからはじめて見る、笑顔だった。

そういうのがないと、やっていられない。
でも、そういうのがあるから、やめられない。

2011年1月11日火曜日

緩和ケア医のキャリアパス

結論から言えば、緩和医は必ずOncologyの勉強をすべきだと思う。

私は、緩和医療に対して一種の違和感を感じている。
もっと言えば、癌診療を取り巻く環境に対する違和感といえる。
医師の勧めのままに、化学療法を受け、何らかの理由で治療を終了させられ、そしてまた医師の勧めのままに緩和へ転科、と「流れ作業的に」入院してくる患者さんたちを診ていると、
とにかく「医療的ではない」感じがするのである。

癌はStageが進んだものであれば、治らないことも多い。
ならば、治療に「正解」は無いはずである。
緩和に入院するのもひとつの「解」ではあるが、そもそも、どの時点をもって患者は「緩和」になるのか?
Stageの進んだ癌と闘うというのも、治るかもという希望を持ち、また「その個人にとっての」有効な時間をもってもらうための「緩和」とは言えないだろうか。
だとしたら、腫瘍内科=緩和なのではないか。
だとしたら、「緩和専門医」というのは何なのだ?

Patient Orientedな立場から見たときに、癌患者にとって本当に必要なのは、自分の治療(生き方)についていつでも相談でき頼りになる存在ではないのだろうか。
在宅を希望すれば往診してくれる。
化学療法をやってみたければ、経済的・生活的側面、QOLまで配慮した治療を組み立ててくれる。
代替医療を受けてみたければ、正しい情報をアドバイスしてくれる。
苦しいときには緩和をしてくれる。

あまりに理想に過ぎるかもしれないが、このような横断的な視点が腫瘍医には必要と思う。
自ら化学療法を行う+「癌患者の総合内科医」として担癌患者の全ての健康問題に対応する一方、

疼痛管理のスペシャリスト(ペインクリニシャン)や精神腫瘍医、IVR医などとのコーディネータ的な役割が求められる。
日本では、そのスペシャリストとしての能力すら求められることもある。

やはり基本的には、腫瘍内科医=Oncologist=緩和医なんだと思う。
ただ、割ける時間の関係上
「化学療法を中心にやる」腫瘍内科医と
「緩和ケアを中心にやる」緩和医がいるだけなのではないか。

その意味では、最近、緩和を目指す若い医師に「麻酔科でブロックをきちんと勉強してから緩和医になります」というのが多いが、キャリアパスとして私個人としてはあまり賛成できない。
もちろん、ある程度若い内にOncology領域に転向するならいいが、40とか50歳になってから、緩和医として一から総合内科の勉強を始める(しかも年若の指導医に内科とOncologyのイロハから学ばないとならない)というのは、無理があるのではと思う。

現時点では、緩和ケア医のキャリアパスについてあまり議論されることはないが、緩和医のあり方と、若い医師のキャリアパスについて、真剣に議論すべき時がきていると思う。

2011年1月9日日曜日

緩和医は内科医、だけど・・・

 当直をしていたときのこと。

看護師から点滴についての相談を受けた。
肺癌の患者さんで、手足のむくみが強く、胸水もあり苦しそうなので、点滴を減らした方がいいのではないか、とのこと。
診察に行くと、確かに全身に浮腫がある。
それより何より、予後として明らかにあと数日~1週前後に迫っているという様相である。

点滴の内容を見ると、高カロリー輸液・ネオフィリン点滴、抗生剤点滴など様々な点滴がされており、一日の輸液量は1500ml前後。
正直言って、どれも現在の状況から考えて不必要なものばかり。
しかし、看護師からは
「主治医から『呼吸促迫があり、呼吸筋の疲労を回復させるために栄養が必要である(から高カロリーは続ける)』と言われている」
とのこと。

耳を疑った。
え・い・よ・う~?だ~?

予後が月単位で見込める患者にきちんとした栄養療法を行わず、餓死させる緩和医もいるので、栄養療法を考えることは末期といえども必要である。
しかし、予後が数日に迫っている患者に対して高カロリー輸液をすることで、どれくらいメリットがあるというのか?
呼吸苦が楽になるとでもいうのか?
全身をむくませ、肺水腫を進行させる苦痛を上回るQOLの改善があるとでも?

主治医は一応、緩和ケアを研修している研修医である。
緩和医は「総合内科医」であるべきだが、
内科医でありすぎるのも緩和の現場では問題である。

別の症例で、胸水を減らすために利尿剤をかけまくっている例も見た。
しかし、この患者さん、元々呼吸苦はない。
むしろ血管内脱水が進行し、臓器機能が落ちてきている。
治療できるところは積極的に治療しようという姿勢は悪くないが、レントゲン写真を治療しても意味がないのである。
先の例も、机上の知識を現実に当てはめようとしているだけのように見える。

患者さんをきちんと診察し、
ゴールをお互いに共有し、
現実にあわせて知識を活用する必要がある。

ちなみに先の患者さんに対して、
「点滴減らします」の説明をしたところ、
「栄養は大事」との説明でも受けているのか、家族に嫌な顔をされてしまった。
うーん・・・。


ちなみに、終末期の輸液についてのreviewがAnnals of Oncology advance accessにあります。
興味のある方はどうぞ。
Artificial nutrition and hydration in the last week of life in
cancer patients. A systematic literature review of
practices and effects
N. J. H. Raijmakers, L. van Zuylen, M. Costantini, A. Caraceni, J. Clark, G. Lundquist,
R. Voltz, J. E. Ellershaw & A. van der Heide on behalf of OPCARE

2011年1月8日土曜日

緩和転院こじれるパターン

2年前、私がまだ化学療法を勉強する前に書いた日記。
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 緩和病棟には、日々色々な方から相談の電話があり、そのほとんどが「緩和ケア受けられますか」の相談ですが、それぞれ抱えている背景は異なり、その状況によって、すんなり初診予約に行き着くケースと、話がこじれるケースに分かれるようです。

すんなり予約に行きつくケースとしては、
・本人、ご家族が緩和ケア病棟に入院(もしくは緩和ケアを受けながらの通院、在宅治療)することを希望している。
・いわゆる積極的治療は全て終了して、心のきりかえもできている。
・予後が比較的長くはない。
・自宅(もしくは親族の家)が病院の地域内。

逆に、話がこじれるケースとしては、
・まだ治療を諦めていないが、症状緩和は行ってほしい。
・「緩和医療とは何か」についての説明も受けずに、主治医から「緩和に行きなさい」と言われたので、とりあえず電話してみた。
・すでにいくつかの病院に入院予約が入っている。

などでしょうか。

しかし、「まだ治療を諦めていないが、症状緩和は行ってほしい」という相談については、何か手を打てないものか、とよく考えています。
自分の院内で治療を行い、緩和が併診する、というのは現在も行っており、特に問題ないのですが、
「治療は○○病院で受けたい、でも緩和は地元の病院で受けて、いざとなったら入院もしたい」
とか
「ホスピスに入院しながら、免疫クリニックに通院したい」
とかのご要望は中々難しいものがあります。主な問題としては、
・治療と緩和で施設が分かれると、連携が取りにくく、仮に治療が原因で患者に苦痛が出ても治療の内容についてのディスカッションがしにくい。結果、患者のマネジメントをするのが非常に大変になる(治療のしりぬぐい?)。
・緩和医療だけを希望された病棟待ちの方が他にも大勢いるのに、治療も行っている方を入院させるのはおかしい、という意見が出る
というところです。

しかし、個人的には、癌になって「もう治療はいいです」とそう簡単に割り切れるものなのかなぁ、と甚だ疑問です。
むしろ、治療は諦めてないけど、とりあえずこの苦しみを何とかしてほしい、というほうが多数派なんじゃないかな、と思うのですが。

実際、私の受け持ちの方にもそのような方がいます。
ひとりは、辛い化学治療から逃げ出してきて、緩和を受けに来たが、できる治療があればまた受けたい、という方。
もうひとりは、「手の施しようがない」という理由でこちらに送られてきた方。
お二人とも、治療を希望されていたので、私はそれぞれに適した院外の施設を紹介し、そこで治療に通ってもらいながら緩和治療は院内で行っていくようにしました。
確かに、連携が取りにくく大変な部分もありますが、お二人とも特に大きな副作用もなく、現状に満足しているようです。

現在のホスピスは患者を制限しすぎと思います。
治療は諦めないとダメ、という診療システムになっており、医療者側もその哲学に洗脳されているのではないでしょうか。
以前、肺癌の末期でホスピスに入院した方に、苦痛軽減目的でイレッサを投与したところ、ほぼ完全寛解となり退院となった方の症例を同僚医師が学会で報告しましたが、
「そんなことはホスピスでやるべきことではない」
「そんな治療ではホスピスが赤字になる」
とのありがたいお言葉を頂いたこともあります。
ホスピスの哲学の前では、患者は癌で静かに死んでいく方がよかったとでもいうのでしょうか。

緩和的化学療法という概念を、もっと発展させていかないと、治療医から捨てられ、緩和で受け入れられず、という人がどんどん増えていくように思ってしまいます。

今日からブログを開始

これまではmixiのみにて不定期に日記を書いていたが、ツイッターを始めたことで引越。
情報は大量だがその流れも速く、全体像をつかみにくいツイッターに対し、
ブログは、そんなに多くの情報はないが、メッセージをじっくり伝えることができる。

つまりツイッターとブログを組み合わせれば、
インプット、アウトプットとも効率良くできることに気づき、今日から開始してみる。

まずはmixi過去日記内から記事を移行するところから始めようか。