2017年10月3日火曜日

「希望」とは何か

みなさんこんにちは。

今日は「希望」について少し考えてみたいと思います。
 「希望」といっても、昨今ニュースを騒がせている「希望」の話ではないです。

 今回取り上げるのは
  ●効果未確認の免疫療法 12の拠点病院が実施
というNHKのニュースについて。
要は、国ががんの標準治療を日本全国どこでも受けられるように整備してきた「がん拠点病院」で、科学的に効果も安全性も確認されていない免疫細胞療法が、患者さんの自費診療として行われていたのが問題ではないか、という内容です。
結論から申し上げますと、こういった治療法を「臨床試験以外の方法」で行うことは倫理的に問題があり、行うべきではないということは明白です。ただ、今日私が取り上げたい点はこの点ではなく。

このニュースの中で、免疫細胞療法を擁護する側の言葉として、
「この治療を受けていることが心の支えとなる」(患者さん)
「患者が希望しているから」(医師)
というものがあります。

こういった論点は、免疫細胞療法だけではなく代替療法や、また明らかに適応外の抗がん剤治療を行う時などに必ず出てくるものです。
要は
「患者が治療を希望し、医師がその希望に応える」
そのどこが悪いのか?いうことです。


●「希望」とは何か?

そもそも「希望」って何なんでしょうか?
これはこの数年くらいずーっと考えているのですが、言葉にするのはなかなか難しいです。
でも、ひとつ言えることとしては、患者さんにとって「治療そのものだけ」が希望、ということが大多数に当てはまることなんだろうか?ということ。
その治療を通じて、家族と変わらずに暮らしたいとか仕事を今まで通り続けたいとか、色々な希望があるはずで、本来こちらの方が「真の希望」と言えるものなんじゃないかな、と。そうであれば、抗がん治療を続けることだけが、その方の希望を支えることに本当になるんだろうか?ということになります。
ほとんど効果のない(場合によっては有害な)抗がん治療を続けるのと、それらを止めて緩和ケアに専念をするのと、結果的に生活が何もかわらない(もしくは緩和ケアを受けたほうが良くなる)のだとしたら?
それでもとにかく抗がん治療を受けることに固執される方がそこまでたくさんいるかどうか…。
そういった話し合いを、本当にとことん現場でやっているのだろうか?という点が疑問です。

もちろん、中には「抗がん治療=生きる支え」という方がいらっしゃるのは事実です。実際にそういった方にもしばしばお会いします。「死んでもいいから抗がん剤を続けてほしい」という方もいますし「家族と生活を続けるという『(真の)希望』を支えるために、とにかく抗がん治療を続けることが希望」という方もいます。
私は、よくよく話し合ったうえで、それでもこういった考えを持っている方を否定はしません。その結果として免疫細胞療法のクリニックに行くことになったとしてもです。
患者さんの生き方そのものを、医師が否定するべきではありません。


●医師は希望を施す存在か?

しかし一方で、医師が「患者が希望するから免疫細胞療法をする」というのはどうでしょう。
それはそこに「免疫細胞療法という手段があるから」ではないでしょうか。
私は自ら「どうしても何か治療をとおっしゃるなら、免疫細胞療法なんていかがですか」とか「少量で抗がん剤治療をやってみましょうか」などとは決して言いませんし、行いません。
標準的な抗がん治療が無くなった時、提供されるべき標準治療は「緩和ケアに専念する」ことです。それは、科学的根拠をもって、最もQOLを上げ、少なくとも寿命を縮めることはありません。
一方で、免疫細胞療法やその他代替療法、少量抗がん剤などは、まず確実に患者さんの生活の時間を奪います。本来は、家族と過ごしたり仕事に注力したいという希望があったとして、それに費やすための体力と時間を奪うのです。場合によっては、副作用などでQOLを下げ、寿命自体を縮めるということもあるかもしれません。
標準的な抗がん治療は、そういった「患者の時間を奪い」「お金を奪い」「生活を奪い」ということがあっても、それを上回るメリット(寿命を延ばす)ということが科学的に明らかであるから許容されているのです。
「患者が治療の継続を望んでいるから、何かをしてあげたい」と思うのは医師として当然のことですが、その結果として「偽りの希望」を処方することを期待されていません。もっと言えば、「医師が患者に希望を施す」といった考えこそおこがましいものではないでしょうか。


●患者は自ら希望を生み出す力を持っている

緩和ケアに専念した先には絶望しかないのでしょうか。
治療を施すことしか見ていない医師には、そのように思えるのかもしれません。
しかし、患者さんは医師からそのような施しを受けなくても、自ら希望を見つけ出すことができます。
ひとりで見つけ出すことができる方もいれば、家族や友人、または医師や看護師などの専門職の助けをもって見つけ出すという方もいます。
そしてそれは、人生の灯が消えるその時まで、新しい希望を生み出すことは可能です(全員がそうあることが望ましいという意味ではありません)。
むしろ、医師が医療という「希望」を施し続けることが、患者の希望を生み出す力を弱めたり奪ってしまっている場合もあると思います。

(追記)
免疫細胞療法について、「患者の希望を支える」などという変な言い訳をせずに、医師は科学者としてその効果を検証して報告すべきです。「私は効果があると思っている」と明言しているのだから。
「私は効果があると思っている」だけで何百万円の治療が許容されるなら、私が明日から「がんに効く水」を売って「私は効果があると思っている」と言っても、何ら違いはないでしょう。
臨床試験として比較試験を行うことが理想ですが、資金などの関係からそれがどうしてもできない、ということであれば症例報告からでも良いのです。GISTという腫瘍に対するグリベックという薬も、最初は1例の症例報告から始まりました。そこから画期的な治療につながる例は多々あります。
ただそれを自院のWebサイトなどに載せるのではなく、きちんとデータをクリーンにした状態で、誰しもが文句のつけようのない報告を全国学会での報告および査読のある学術誌(商業誌ではなく)へしてほしいと思います。

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2017年8月23日水曜日

「あとどれくらい生きられるのですか?」と聞かれたら

拙書『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』が発売されてから2ヶ月ほどたちましたが、
「こういったことを解説してくれる本がこれまでなかった」
「患者さんと、こういった話をどうしていけばいいかわからなかったので参考になる」
「困っている部下や同僚にも読ませている」
といった感想を頂いています。ご好評いただいているようで何よりです。
※ご購入はこちらから⇒http://amzn.asia/cZ3ELp0

さて、「この本はどうやって作ったんですか?」というご質問を時々頂きます。
前著『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』については、まず出版社から企画の提案があり、それに従い執筆をしました。『緩和ケアレジデントマニュアル』についても基本的には同じ手順です。
一方で、この本は私が企画立案し、草稿を作って出版社へ提出した「持ち込み企画」です。それほど、この本には「多くの方々へ伝えたい」メッセージが込められています。

ただ、本を読んでもらえなければその伝えたいメッセージも伝わりません。
そのために、今回私がとった戦略が「マンガ」であり、その無料公開です。
マンガの持っている訴求性は、文字に比較して強い印象を読者に残しますし、仮に本屋でパラパラと立ち読みしてもらうだけでも、臨床現場への影響を与えられることを意識してシナリオを作りました。
私の細かい要求に逐一応じてくださった、漫画家のこしのりょう先生には本当に感謝しています。

ぜひ、1例目と2例目のマンガと、今回公開する3例目を比較して読んでいただければと思います。
1例目はこちら
2例目はこちら


2017年6月6日火曜日

『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』がいよいよ発売!

『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』がいよいよ発売されました!
アマゾンでの販売サイトはこちら→  http://amzn.asia/4fWNZ1V

実際、がんや高齢者医療に携わっている医療者であれば「あと、どれくらい生きられるのでしょうか?」という質問は、患者本人や家族からしばしば問われるでしょう。
これまでは、その「問い」に対して個々人の経験からの中で試行錯誤したり、同僚医師のやり方を真似ることで対応せざるを得ませんでした。「余命をどのように伝えるべきなのか」について、国内で書かれた参考書はほとんどなかったからです。
海外の教科書には、記述がありました。しかし、その内容は必ずしも日本人にもそのまま当てはめられるものとは感じられませんでした。
なので私は、海外でのエビデンス、そして近年研究されつつある日本でのエビデンスをまとめつつ、日本古来からの文化や死生観を併せて記述することで、日本国内でも通用する「余命の告知」の方法をまとめたいと思ったのです。

伝え方がわからない、どのように伝えても患者を傷つけるだろうことには変わりない…それであれば「余命を伝えるべきではない」と考えることにも一理あります。
実際、私自身がそのように考え、そのようにしていたこともありました。
しかし、そのコミュニケーションでは、明らかに満足いかないという表情を浮かべる方々が数多くいました。
その時思ったのです。「患者さんたちはどうして知りたがっているんだろう?」と。

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症例:斉藤隆史さん(52歳 男性)

斉藤さんは都内の大手商社で部長職を務め、大きなプロジェクトを数多く動かしてきました。しかし、2年前に胃の不調を訴え、近医で胃カメラを施行したところ、胃癌の診断となりました。
近隣の総合病院で手術を行いましたが、1年前に腹膜転移にて再発と診断されました。その後は腫瘍内科を紹介され、抗がん剤治療を受けることに。しかし副作用も強く、薬剤の減量や変更などを行いながらなんとか続けてきましたが、「副作用のため仕事に集中できない。私にとっては今の仕事を続けられることの方が大切なのです」と、抗がん剤治療を断念。その後は地元の緩和ケア医を紹介され、通院を継続しながら会社にも通勤していました。幸いにも、がんに伴う症状はほとんどなく、
「このままもう少しでも仕事が続けられたらいい」
と、斉藤さんは願っていました。しかし、いま動かしているプロジェクトのうち、最も重要なものは少なくとも半年後まで目処をつけることは難しい状況です。
「早めに誰か他の人に、プロジェクトの管理を任せた方がいいかな…」
「いや、でもこの仕事を成し遂げるために抗がん剤治療まで止めたのに…。ここで他の人間になんて任せられるものか…!」
と、思いは揺れます。そこで本日の定期の外来で、斉藤さんは緩和ケアの主治医に、今後の見通しについて聞いてみようかと考えています。
一方、斉藤さんの主治医は30代で、緩和ケアの経験はまだ浅いが、まじめで朗らかなことから、患者にも人気のある医師でした。斉藤さんは、1か月前にこの医師に受診し、
「なんだか頼りない先生だな」
と思ったものの、
「まあ、悪い人ではないのだろう。まだ若いしな」
という印象を持っていました。さて、今日の面談の行方はどうなるでしょうか。 



 このマンガのように「本当は知りたかったのに」という例が中にはあるので、「余命については伝えない」という方法では不十分という場合もあります。また、患者さんのほうも「先生が何も言わないということは、大丈夫なのだろう」と考えて、仕事の引継ぎや家族・友人への別れが不十分なままに、一気に病状が悪くなって「やりたかったことができなくなってしまった」ということが発生することもあります。
 患者さんが「何をどこまで知りたいか」ということを評価せずに、一律に「余命は告知すべきではない」と決めてかかることは、患者さんにとって好ましいことではありません。
まず、「どうしてそれを知りたいと思ったのか」「自分ではどれくらい生きられると考えたりしたことがあるか」といったことを丁寧な対話の中から探りつつ、必要であれば余命についても伝えていく、ということを考えていかなければなりません。

 では、それを伝えていくにしてもただ単に「そうですね、3ヶ月です」という伝え方では全く不十分です。そのような不遠慮な伝え方をするくらいなら、確かに「何も伝えない」ほうがまだ良いと言えるでしょう。
 実際にどのような伝え方のバリエーションが考えられるのか?それについてはまた次回のブログでご紹介します。

 今すぐ知りたい!もっと詳しく知りたい!という方は、ぜひ『「残された時間」を告げるとき~余命の告知Ver.3.1』をお買い求めいただき、本編をお読みください!

2017年4月28日金曜日

「余命の告知」についての書籍を発売します!

「自分があとどれくらいの時間をこの世で過ごすことができるのだろうか」と考えたことがある方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。一度くらいは考えたことがある方はいらっしゃるかもしれません。しかし、それを日常的に考えながら過ごしている方となれば、数はぐっと少なくなるでしょう。

そこで、想像してみてほしいのです。突然あなたの前に現れた誰かが「あなたに残された時間はあと3か月です」と告げるということを。その時あなたはどのように感じ、そしてそれを告げた人物に対し、どのような感情を抱くであろうかということを。

「余命を伝える」ということは、医師にとっても難しいコミュニケーションのひとつです。
それにもかかわらず、それを学ぶ場というのは限られており、医師は日々試行錯誤しながら、患者さんや家族との対話に臨んでいます。

そこで今回、青海社さんから
大切な人に「残された時間」を告げるとき -余命の告知Ver. 3.1
というタイトルで、本を出版する運びとなりました。新城拓也先生、吉田沙蘭先生、武見綾子さんをはじめ、多くの方々にご協力いただいてできた本です。
6月頃に刊行の予定ですが、今回は作画を担当頂いたこしのりょう先生、青海社さんの御厚意で、書籍内のマンガ部分を特別に事前公開いたします!
ちなみに、このマンガは3部あり、残りの2部についても随時公開していく予定です。