プロの奢ラレヤ―にメシを奢るべき3つの理由


何を言っているのかわからない人もいるだろうが、
プロの奢ラレヤーをしている人がいて、その人に私がメシを奢るという仕事をお願いした。

メシを奢られるプロ?
そんな人がいるのか?
と、普通は思うだろうが、いる。
中島太一さん(https://twitter.com/taichinakaj)という。世界中を回っている旅人でもある。

アマチュアの奢ラレは、部活の後輩とか、合コンの女性とか、時々ラッキー的にメシを奢ってもらっている。
でも、中島さんはプロだから、プロフェッショナルとしてメシを奢られる。

それのどこが面白いのかって?

中島さんが魅力的な人物だから、とか役に立つ話が聞けるからとか、そんなありきたりで表面的な理由じゃない(いや、それも面白いんだけど)。
そんなレベルじゃ「プロ」とは称せないんじゃないかな。
少なくとも、仕事を依頼した時点(メシを奢りにいく約束をした時点)から、もう既にエンターテイメントは始まっていて、メシを奢っている最中はもちろん、その後まで楽しめる。
つまり、2~3週間は楽しめるエンターテイメントということだ。
中島さん本人は「これはキャバクラと同じ」と言っているのだが、もっと面白いんじゃないかなと思っている。

少なくとも私は、3つの観点から楽しめた。それは
①価値の伝播への期待
②コミュニティ・エフェクト
③恩贈り社会への投資
である。

①価値の伝播への期待
「奢る」という行為は、その人の価値と時間という対価を得る、と考えれば最もわかりやすいかもしれない。
若い女の子に奢れば、その人と一緒に過ごす気持ちよさという対価を得ているし、有名人に奢れば、その人の体験談やアドバイスなどの価値を対価として得ることができる。
ただ、そういったアマチュアの奢られと一番違うのは、それを「奢られるプロ」として仕事化してしまうことで、価値の一方通行という関係性をつくらないことだ。
つまり、「奢る側・奢られる側」がビジネスとして対等関係にある(ように見せる)。だから対等の関係性で対話をし、きちんと「価値の交換」がされている。
また興味深いのは、そこに「以前に会った別の誰かが話していたこと」を付け加えてふくらませること。つまり、自分が渡した価値も、また世界のどこかで誰かのために使ってくれるんじゃないかという期待がある。
それは中島さん本人にとっては意味がない内容かもしれないけど、それがどこかで誰かの役に立つかもしれない。考えただけでワクワクすることだ。

②コミュニティ・エフェクト
中島さんに奢る、ということをSNSで宣言すると、面白いことに見知らぬ多くの方からメッセージを頂いた。
「俺も前に奢ったことあるよ!」
「捕まえて、約束していた牛丼奢り返してもらって」
「家族に話したら『騙されてんじゃないの』と言われたよ!君も同じか!」
など。
中島さんがこれまで関わってきた人たちの面白さや多様性が垣間見える。そのコミュニティの中で、「奢るというポジション」を取ることができるという価値は実はかなり大きいと今回は感じた。そのおかげでフォロワーも増えたし、実際に色々な人に会うこともできた。
奢ることで、そのコミュニティ丸ごと楽しめる。
これは、中島さんのもっている一番の強みかもしれない。

③恩贈り社会への投資
キングコング西野さんの始めたレターポットというサービスもそうだが、「恩贈り」を続けていくと、いずれそれが回りまわって自分に還ってくるという考え。
私はこの考えが好きで、社会全体がそのように回っていけば面白いと思っている。
「奢られ」はまさに恩贈りのシステムで、中島さんから直接返ってくる金銭的価値はないけれども、それを世界各地で続けていくことで、奢るほうがその価値に気づき、恩贈りが加速する。
だから、レターポットにも投資するし、中島さんにも投資する。
いうなれば、中島さんはその「奢られ」の仕事を通じて、この社会を実現するためのクラウドファンディングを毎日続けているようなものなんじゃないかと感じた。

西智弘のレターポットはこちら

以上、プロ奢ラレヤーに実際に奢ってみた体験を分析してみた。
まあ、中島さん本人はこんな小難しいことをいちいち考えてはいないだろうが、まあ私が勝手に考えたことなんでいいいだろう。

「奢る」という行為を最大限楽しむために、一度はプロ奢ラレヤ―に奢ってみるのはいかがだろうか。


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