医者になるには、という話(後編)

前回の記事で、ヘクトパスカルのせいで見事、志望校(前期試験)を不合格となった私。
いつまでもくよくよしていても仕方がないので、予備校の入学手続きと、一応後期試験の準備を始めた。

前期試験で100%受かる気満々だったので、後期試験は受けるつもりがなく、なぜか「D判定(下から2番目)」で、「志望先の再考を検討してください」と書かれた、元々の志望校へ願書を出すという無謀なことをしていた。
偏差値で言えば10以上も上の医学部で、前期試験で不合格になっている自分が行けるはずがない。
しかも、その年の倍率(定員に対する志望者の数)は36倍。つまり10名の定員に360人が応募するという、何かのオーディションですか?というレベルの倍率。
しかも受けている方々は「東大受けたけど落ちました」とか「慶応に行きたかったけど、安全策でランク落としてこっちにしました」みたいな、「前期試験のすべり止めで、より低いランクのこの大学受けてます」という方々ばかり。
私のような「前期試験に落ちて、後期試験はなぜか偏差値10以上も上の大学を志望しました」みたいな逆転現象バカは肩身が狭かった…。

しかし、ここで一発逆転のチャンス!
この後期試験には「面接」があり、試験では差がつけられないと感じていた自分は、ここで差をつけるしかない!と考えたのである。
面接官は3人(もちろん教授)。
何を質問されて、どう答えたか、その内容は正確には覚えていないが、とにかくテンションだけは高めで臨んだ。
そして、「教授たちが多分こういう答えを期待しているんだろうな」という模範解答ではなく、世間一般の常識に疑問を投げかける形で、持論を展開した。そうしなければ、360人いる受験者の中で、自分に目を止めてもらうことなんかできないから。
そして最後に
「医学部に入って、医学をめちゃめちゃ勉強したいんですよ!」
と言ったときの「おー」という教授たちの表情が忘れられない。

その面接が良かったのか、結果的に私はその大学に合格した。
でも、合格証を受け取った時の正直な感想は「合格した実感がない」だった。
ちなみに私は中学から受験を経験しているが、実質的に筆記試験のみで合格したというのはその中学の時だけで、高校は推薦入学だったから面接で合格しているし、大学もなんだか「試験で合格した」という感じではない。
あれだけ大量に勉強に時間を費やし、受験というスキルを磨いてきたにも関わらず、結果的には「面接」で受かるという。なんだそりゃ?という感覚。

振り返ってみると、自分はやはり「受験」の才能はなかった。
勉強すること自体は好きだが、受験というシステムの中で「問題を解いてただひとつの正解という答えを出す」というスキルは最後まで伸びることはなかった。
一方で、「人前でしゃべること」についての才能は、人より少しだけあったのかもしれない。今になって自分の興味の対象が主に「言葉の構築による心理・行動の変化」であることは無関係ではない。
自分の考えたことを言葉にして伝える能力、常識を疑い深慮して新たな価値を考える能力、自分の言葉の構築によって行動の結果を動かす能力、そういった部分に自分の強みがあり、それがたまたま受験というシステムの中でもうまくいった結果だと思う。
正直、運が良かった、という結果。

受験のための勉強に全く意味がないとは言わない。
それによって身につく、基礎的な思考能力や知識体系は、社会に出てからも必要だ。
そして医者になるスタートラインに着くためには、私のように苦手だとしても少なくとも自分の限界までは受験スキルを磨くよう割り切らないとならない。
最終的には私のように、運で人生決まるかもしれないけど。限界を知ることには意味はある。

ただスタートラインについてから学ぶ、医学をはじめとした学問は、受験に必要な勉強とは全然別。
他人から与えられた問題を解くだけの日々では成長できない。
医者は、「人間」というものを一生学ばないとならない。人間に対する尽きない興味を持ち続けられることが医者を続けられる才能のひとつだと思う。

限界までまずはやれ、才能を見いだせ、そして学問は一生だ。

コメント

  1. はじめまして。
    本稿、大変興味深かったです。
    現在、仕事で医師や医師の卵たちに囲まれているので、彼らの目線に少し近づけた気がします。

    これまで「医師は覚えることが多くて大変だな…(でも給料いいし、社会的ステータス高いし、やりたくないことやらなくても周囲が許してくれるし、頭のいい人たちってホント羨ましいな…)」ってヤッカミ半分で見ていましたが、西先生の視点に立つと、いろいろと理解できますね。

    あと、私も第一志望校に後期試験で合格しましたので、”合格証を受け取った時の正直な感想は「合格した実感がない」だった”クチです。(笑)
    入学後は前期試験を突破できなかった”劣等感”につきまとわれ、合格した体験談について周囲に積極的に話さなかったですね。本稿を読みながら、過去の自分のつまらないプライドが浄化されました。ありがとうございました!

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    1. ありがとうございます!受験の頭の良さと社会における頭の良さって本当に別です。東大を出て医者になっても、本当に仕事ができない人もいるし、偏差値の低い医学校出身でその逆もたくさんあります。それは決して医師だけではないはずで。医師よりも有能な看護師や臨床心理士、薬剤師などもたくさん出会ってきました。その場その場で考え続けられる人が、結果的に成長していくような気がしています。

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