少量抗がん剤治療(休眠療法)には有効性を示すエビデンスがないのか

 癌治療学会が、「がん撲滅サミット2016」と称して、少量抗がん剤治療や免疫療法などを提供しているクリニックを演者として市民公開講座の共催を予定している問題で、すでに各方面から抗議の声が上がっていますが、この記事を書いている時点では特に学会本部からの回答は見られていません。

ここで、私自身「少量抗がん剤治療(休眠療法)は有効性を示すエビデンスがない」と言っていますが、本当にエビデンスがないのかもう一度確認するべく、論文のレビューを行いました(栃木がんセンターにいた2009か2010年に一度行って以来です)。その内容について、他の方々にとってもご参考になるかもしれないと思い、ここに記す所存です(ただし、患者さんが読むにはやや専門的な内容です)。

最初にお断りしておきますが、今回行った文献レビューは、きちんとしたシステマティックレビューではなく、ナラティブレビューになりますので、落としている論文は多々あると思います(また内容については抄録レビューのみです)。ただ、調べ方については公開しますので、その過程で自分の主張に合わないからと意図的に論文を落としたりはしていません。もし、私が落としている論文で「このような有効性を示す論文がある!」というのをご存知の方がいらっしゃれば、お受けしますので情報お待ちしております。

今回、レビューを行うにあたっての基準は
①固形癌かつ切除不能・転移再発癌を対象とした研究であること
②10名以上のヒトを対象とした研究であること
③PhaseIおよび基礎研究は除く
としました。

●日本語サイトで情報を調べてみる
まず、日本語による検索サイトで、どの程度の情報が出てくるのかを試してみました。
「がん 休眠療法」でGoogleを検索すると50500件がヒットします。その1~5ページまでに、臨床試験に関する記事は見つかりませんでした。
次に「がん 休眠療法 臨床試験」で検索すると16700件がヒットします。そのうち、臨床試験に関する記事は1件見つかりました。この試験は55名に対するメトロノミック療法の予備試験という位置づけで、今後PhaseIIを企画しているとのことで、その動向は期待される結果であると考えますが、現時点では臨床応用できません(https://www.cancerit.jp/7257.html)。


●PubMedで調べてみる
がん休眠療法の提唱者である高橋豊先生(金沢大)が英訳として「Tumor Dormancy Therapy」としているとのことで、そのワードで検索すると540件がHitします。
上記に対し「Clinical Trial」でLimitationをかけると11件がHitします。
そこで出てくる論文で、条件に当てはまるものは、全て日本からのもので、
・胃 21例 S1(+low dose DTX) レトロ 2009
・婦人科 11例 low dose PTX レトロ? 2005
・大腸 17例 low dose FP 前向き 2004
というもので、いずれも少数かつ単アームの試験のため、有効性を検討できるものはありません。

●医中誌で調べてみる
「がん 休眠療法」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると98件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものはありませんでした。

「Tumor Dormancy Therapy」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると119件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものは、
・大腸 17例 low dose FP and 5FU/LV+CPTでMST23.3ヶ月 2004
・前立腺 18例 low dose CDDP+MMC RR27% 2003
・胆管 10例 low dose FP RR10% 2001
・大腸、胃 16例 low dose CPT RR50% MST11.5ヶ月 
というもので、いずれも少数かつ単アームの試験のため、有効性を検討できるものはありません。
ちなみに、最後のCPTの試験は高橋豊先生によるものであり、この研究だけなら現在の標準治療であるS1/CDDPのSPRITS試験のデータにも劣りません(が、高橋先生の研究はその後があるので後述します)。

「低用量化学療法」のキーワード(+会議録除く・原著論文)で検索すると119件がHitします。そのうち、上記条件に当てはまるものは、
・全がん 16例 温熱療法+low dose化学療法 で7例がSD 2016
・前立腺 72例 エストラムスチン+low dose DTX PSA↓ 2013
というもので、2つ目のものは症例数は多いですが、ホルモン剤+化学療法かつ単アームの試験なので、この結果をもって「低用量の抗がん剤が良い」とはいえません。

●その他の方法で調べる
高橋豊先生の著書に、『決定版 がん休眠療法 (講談社+α新書, 2006)』というのがありますが、その中で「JFMC(がん集学財団)における臨床試験をスタートした」との記載がありますので、その試験を検索しておく必要があり、JFMCのWebサイトをチェックすると、「研究業績」のところで、

Komatsu Y, Takahashi Y, Kimura Y, et al. Randomized phase II trial of first-line treatment with tailored irinotecan and S-1 therapy versus S-1 monotherapy for advanced or recurrent gastric carcinoma (JFMC31-0301). Anticancer Drugs. 2011 Jul;22(6):576-83.

というのが出てきます。なぜ、上記で有望?であったCPTを、単独ではなくS1と組み合わせることにしたかは本文にあたっていないのでわかりませんが、結果としてはRECISTでRR27.8%対 21.9%と微妙な結果です(が、研究者は有望な結果と結論しています)。しかも毒性は増える、と書かれており、低用量の化学療法でも副作用が楽なわけではないことが分かります。これはrandomized Phase IIなので、有望であると考えるのであればPhase IIIに進んで検証試験をすべきですが、PubMedで著者検索をすると、この2011年以降でそれに該当する研究は見つかりませんでした。また現在の介入研究は基本的にUMINに登録しなければならないので「胃癌 PhaseIII 休眠」をキーワードに検索すると、Hitは0件でした(念のため「胃癌 PhaseIII」でも検索してみましたが該当する38件に、当てはまるものはなさそうでした)。
ちなみに、通常投与におけるS1+CPTはTOP-002試験において奏効率41.5%と報告されましたが、全生存期間ではS1単独への優越性を示せていません。
また、現在の標準治療であるS1+CDDPがSPRITS試験で奏効率54%ですので、もちろん異なる試験を単純に比較することは好ましくありませんが、この数値に勝てる(少なくとも引き分ける)公算がなければ倫理委員会を通過することも難しいかもしれません(PhaseIIIは生存期間での比較なので、奏効率だけで一概には言えませんが)。

また、このJFMCのWebサイトをみると、他にもいくつかの低用量化学療法のデータが発表されており、大腸癌に対するlow dose CDDP+5FUは5FU単剤に比較して予後を延長しないといったものも報告されています(Nakata B, et al. J Exp Clin Cancer Res. 2007;26:51-60.)

●JCOG0303
低用量化学療法の比較試験として有名なものにJCOG0303試験があります。
この試験では、局所進行食道癌に対し、放射線治療と5FUに加えて標準量CDDPによる化学放射線療法 (SDPF-RT) と、低用量CDDPによる化学放射線療法 (LDPF-RT) を比較・検討した試験です。しかし、結果としては効果についても副作用についても両群間に差がなかったことが示されています。
(http://www.gi-cancer.net/gi/report/beirinsyo2010/report/4053/4053.html)

Shinoda M, et al. Randomized study of low-dose versus standard-dose chemoradiotherapy for unresectable esophageal squamous cell carcinoma (JCOG0303). Cancer Sci. 2015; 106: 407-12.

●まとめ
今回のレビューで調べた限りでは、やはり低用量化学療法・休眠療法に関して、有効性を示す質の高い研究はみつからず、むしろ有効性も副作用も、標準治療と差がないというものが見つかりました。ただし、そのJCOG0303試験の治療法は「6週間の入院と持続点滴」という酷なものですので、現在の日本においてlow dose FPを行っている施設は減ってきていると思います。
また、前述した通り、異なるセッティングでの臨床試験の比較はできないことを前提としてですが、JFMC31-0301とTOP002の結果をみるだけでも、同じ薬剤を使用しても低用量の治療法の効果が劣る可能性があることも懸念されます。
もちろん、今後については新たな知見が出てくる可能性はあり、その意味ではきちんとした研究手法に則って、有効性・安全性が示されることを期待するものです。
ただ、現時点では、日常臨床の中でこのような治療法を行うことに対する根拠はなく、勧められるものではないといえます。

※付記
・こういった低用量抗がん剤を推奨する方々は「標準治療は副作用で苦しませて、寿命を縮める一方で、我々は副作用がなく日常生活を重視した治療を行っている」と主張される場合がありますが、標準治療でも患者さんが外来通院で問題なく治療も生活も続けられるよう、最初は100% doseで開始しても、副作用が強ければ、90%、80%と減量していきます。また、最初からPSのやや悪い方や、高齢者については、初回から80%程度で減量してから開始することも一般的といえます。その意味では、標準治療も「テーラーメイド」であり、最初に書いたような二元論を主張するのは間違いです。
・「では、標準治療も最初から全例で低用量にすれば」といわれることもあります。昔の抗がん剤を使いなれないころは確かに、大学病院などでも(意図しない)低用量抗がん剤がされていた方も散見され「何の副作用もないんですよ」と言われている方もいました。そういった方が、病状進行したから何か最新の治療を、ということでがんセンターに紹介されてくるのですが、その方に、同じ薬剤をきちんと標準量にして再投与すると、もう一度効いたりする例もよく経験したのです。なので、最初から低用量でやると、標準量で効く人にとって不利益を被る可能性があるということです。
・「標準治療が終了した方に、テーラーメイドの少量抗がん剤を続けるのはよいのでは?」という意見もあります。しかし、ここで言う「標準治療=3大療法」ですが、それができない方への標準治療は「緩和治療への専念」です。「3大療法の終了」=「何もしない」ではありません。そして少量抗がん剤は、緩和治療以上にQOLを上げ、寿命を延ばすということは証明されていません。少量抗がん剤のクリニックへ行くことは、適切な緩和治療を受ける機会を逃すことにもつながります。その不利益を補ってあまりあるほど、低用量抗がん剤に益があるのかどうか?早期からの緩和ケアなどに関連する論文では、抗がん剤治療を亡くなる直前まで継続することはQOLを低下させるため全面的に否定されていますが、もし「低用量抗がん剤は違う!」というのであれば、これらの論文を覆すデータを出されることを期待します。

コメント

  1. 癌休眠療法について
    私は腫瘍内科をしていた一般医です。多くの患者さんが、標準療法の副作用で治療に耐えられないといらっしゃいました。抗がん剤の量を半量程度に減量すると、副作用は軽減し、継続できました。抗腫瘍効果もあり、高橋豊先生のおっしゃる抗がん剤の量は、効果があるという量を基準に設定されたものでは無いと言うことを実感していました。
    私自身が、膵管腺癌になり、気付いた時はステージ4bでした。アブラキサンとゲムシタビンの半量で奏功し、膵頭十二指腸切除を受けました。
    私はサーモトロンRF8の電磁波温熱治療を併用していますが、個人的には、非小細胞肺癌、膵癌などで標準治療よりもかなり良いMSTの結果を持っています。肺癌についてはがん治療学会のポスターで発表したと思います。https://www.isshin.or.jp/okamura/awaji2004/awaji35.html
    私の理解では、標準の焼き量を決めるときは、薬量を漸増し、2割くらいの健常者が脱落する量を標準量とすると思っています。ですから、薬量を下げることは副作用の率は減少するはずで、抗腫瘍効果は分かりません。色んな抗がん剤で、半量でも抗腫瘍効果があることが多かったと思います。
    現在は療養中で、しっかりと書けないのが残念ですが、休眠療法は間違いでは無いと思っています。(私は電磁波温熱治療と癌休眠療法の併用しか経験がありません)
    岡村一心堂病院
    岡村 一博

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    1. コメントいただきありがとうございます。このブログの記事については「質の高いエビデンスがあるかどうか」について述べており、「エビデンスがない=有効ではない」ということは意味しません。だから、休眠療法が有効であるということであれば、その研究を積み重ねて頂ければと考えます。
      個人の症例報告の話をするのであれば、私は逆に不適切な用量での抗がん剤治療後に、標準治療を再度やり直したことで長期生存が得られた例を経験し、2009年の癌治療学会に発表しています。その結果をもって、どちらの症例報告が正しい、ということを議論してもあまり建設的な議論にはならないだろうと思います。
      休眠療法のような方法のほうが、標準治療よりも合うという方は、確かにいるとは思います。自験例でも、結果的に60%くらいの薬用量でしか継続できない、という方は多く経験するからです(それも標準治療の範囲と考えています)。
      それをもって「一般的に少量休眠療法は正しい」とするには、私は慎重でありたいと考えています。

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  2. お返事ありがとうございました。
    先生がおっしゃる不適切な抗がん剤の量がどの程度なのか、分かりませんが、抗がん剤を増やしても効果がなかった例も何例か経験しました。
    もう一つの観点は、効果、副作用が同じなら、費用が少ない方が良いのではないかと言う見方もあるのではないでしょうか。今のフルドースをどこまで減らすことが出来るのかの研究も欲しいですね。
    私は電磁波温熱治療併用の半量のアブラキサン+ジェムシタビンもしんどくなり、1月下旬で治療を中止しました。半量でもフルドースでも副作用は同じをおっしゃるかも知れませんが、抗がん剤はしんどいものですね。
    岡村一心堂病院 岡村一博

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