言葉は、薬であり毒でもある

「お体の具合は、いかがですか?」
「今日は寒いですね」
「夜は、よく眠れましたか?」

私たち医療者は、日々患者さんやご家族に、たくさんの言葉をかけている。
言葉というのは簡単に口に出せるけれども、その分、その扱いには注意が必要だ。
特に、医療者が発する言葉は、薬になることもあれば、毒になることもある。
医療者が、そのことに無自覚であることは危険だが、思ったよりもそういった危険な例は多い。

「セカンドオピニオンに行くのであれば、私との信頼関係が損なわれますよ」
「余命は1ヶ月程度と思われます」
「モルヒネを使うと苦しみはとれますが、いのちが短くなる可能性があります。使ってもいいですか」
1年以上前に、医師から言われた不用意な発言にずっと捕らわれ続けている患者さんもいる。

特に意識すべきなのは、私たちの安心のために患者さん・家族へ「毒となる言葉」を告げていることだ。
近年のインフォームド・コンセントをしっかりとりましょう、という流れは一部おかしな方向へ走り出している。「事実を告げること」は大事だが、その現実に対する答えを医療者が持っていないが故に、その答えを出す作業ごと、家族へ押しつけている例だ。
例えば
「がんで消化管に穴が空いたようです。元々の余命も1ヶ月程度でしたが、すぐに開腹手術をしないとすぐに亡くなる可能性があります。ただ、手術自体で亡くなったり合併症で苦しむ可能性もあります。さあ、どうしますか?」
「お父様は誤嚥性肺炎を繰り返し、もう口から食べ物をとるのは難しくなっています。栄養を取らないと餓死の状態になりますし、それを避けるためには胃瘻の手術が必要です。さあ、どうしますか?」
一見、どこが「毒」かわからないかもしれないが、実際にこの決断を迫られた家族は、どちらを選んでも「これで良かったのだろうか」という葛藤に悩まされることになる。そこまで考える想像力が私たちには必要である。

私たち医療者は、現場では常に不安を抱えている。
その人の人生を、ある程度左右する決断をしなければならない場面は何度もある。しかし、そういった場面において、自分が安心したいがために、患者さん・家族へその思いを押しつけてはいけない。
言葉はひとつひとつ丁寧に選ばなければならない(そう、まるで薬をひとつひとつ選ぶように!)。
選んだ言葉を、どういう順番で出していくか、きっちりと組み立てなければならない(そう、治療レジメンを組み立てるように!)。
そして、実際の場では、ある程度の演技と演出も必要だし、それと同じくらい、魂の表出も必要だ。
相手の様子を常に診ながら、あるときはぐっと押し、またあるときはスッと引く。そして自分が出した言葉の、その効果を量り、次の言葉を継ぐ。

毒となる言葉を避け、薬となる言葉を紡ぐ。これはれっきとした「医療行為」である。
緩和ケアに携わるなら「言葉」のもつ効果に、専門家として向き合う姿勢が大切である。
常に自分という人間が持つ「効果」に、ひたむきに向き合わなければならない。それは、ときに苦しみを伴うこともあるし、悩みは常に尽きない。それでも我々はプロとして、それをおこなっていかなければ、目の前の方々にとても失礼なことになるだろう。
死までの時間を精一杯生きている、その「生」を支え祝福するために、我々は自分の「毒」に敏感になるべきである。

コメント

  1. 初めまして。学会やfacebookでご活躍を拝見しております血液がんサバイバーナースです。
    先生のおっしゃる<「毒」に敏感になる>には、医療者はどうしたら良いでしょうか。又、記事前半の例文については、どのような言葉が良いと思われますか。
    私は入院中から退院後数年の間、様々な医療者に傷付いてきました。言葉も当然のことながら、向き合っていない(関心が無い,逃げている)と感じる態度(ケア・サポート)がたまりませんでした。
    自分もこんな医療者だったのだろうかと深く落ち込み、悩んだ時期がありました。
    一言で言うにはその内容とのギャップが大きすぎますが、信頼関係が確立されていれば、一見不適切な言葉の中に医療者の真意をつかむ力を、多くのサバイバーの方々がお持ちでいらっしゃる気がしています。

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  2. コメントありがとうございます。「敏感になる」のは、本当に難しいことと思います。まずはそういう前提を自覚した上で、感性を磨いていくしかないと思っています。なので、若い医療者への教育の機会がもっとあればいいのですが・・・と思わないでもありません。例文については、こういったことをそもそも言いません、というのが答えですが(モルヒネを使うと・・・はそもそも誤った情報ですし)、これに類似する情報を伝えないとならないときは、とにかく真摯に伝える、ということを意識しています。

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  3. ご多忙中お返事をありがとうございます。
    大切なのは、当事者意識を持つ、相手の立場を想像することを心掛け、その力をつけていくことからなのではないかなと考えております。
    偉そうなことを申し上げておりますが、複数の患者会に参加している中、一般の患者さんの思いをお聞きしてマイナスの感情をもってしまい、言葉として出てしまうことがあります。
    看護師として・患者として、その方に必要なことは思い描けたとしても、自分の感情が先にたつことがあります。まだまだ自分は未熟だなと思います。
    来年、もしもお目にかかれましたらお話をお伺いしたいです。
    お返事不要です。貴重なスペースをありがとうございました。
    よいお年をお迎えください。

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