2011年2月5日土曜日

どうする?も言えない胃瘻とポート

口や喉の障害(神経疾患や腫瘍など)で物理的に食事が取れない方、
嚥下機能が低下し、食事摂取の意志はあるものの、食べると誤嚥し肺炎となる方、
認知症や全身衰弱が進む中で、食事摂取が十分に出来なくなる方、
全て胃瘻(もしくはポート)の対象になる。

このような処置はひと昔前なら、延命こそが至上、と考えられ、医師からの「やらないと死にます」の説明で有無を言わさず造設されていた。
しかし、今になって色々と問題となるのは、医療と人権に関する考え方が多様化し、人間の尊厳の問題や「人としての生き方」に対する価値観の違い、社会制度などが複雑にからんできているから、ということと、スウェーデンやアメリカなどに比べ、日本での胃瘻造設数が以上に高いことが判明し「日本では高齢者に対して何をしているのか!」という声が上がっているからだ。

今回は、その適応について、高齢者を中心に考えてみよう。
比較的若い方や、自分の意志をはっきり告げられる方を対象に含めると、話がややこしくなるので、ここでの「高齢者」というのは80~90歳前後、介護度5(寝たきり)、重度認知症、その他疾患などで予後も比較的短い、という方を想定。

まず、家族が
「胃瘻(またはポート)造設を強く希望する」
という場合は、あまり問題にならないことも多いので割愛。

問題は、
家族、親戚も絶対に胃瘻造ってほしくない、
本人の以前の生き方を考えても、そのような処置は希望しない、
主治医も別に造りたいとは思っていない、
というような方でも
胃瘻(またはポート)を作らざるを得ない状況というのはある、
ということ。

例えば、施設入所中で、経口で食事を摂らせようとすると必ず誤嚥し、退院しても数日で熱が出て戻ってきてしまう患者さん。

胃瘻は嫌、もう年なんだし、なるべく自然な形で診てもらいたい、と家族(ただし末梢点滴くらいはして欲しい)。
病院側としては、長期の入院となれば診療報酬が取れなくなるため、誤嚥を繰り返す患者さんには、二度と誤嚥をしない方法を講じて、早く退院してほしい。末梢点滴だけで数ヶ月とか入院されても困る、と主治医へプレッシャーがかかる。
(ちなみに、現在の医療制度では、退院しても時間をあまりあけず同じ病名で再度入院すれば、それは『前回の入院の続き』とみなされる。例えば肺炎で入院し1ヶ月で退院しても、3日後にまた肺炎で再入院し1ヶ月たてば、合計2ヶ月の入院をしたということ。そして、その入院期間が3ヶ月を越えれば、診療報酬は減らされ、『寝ているだけでも赤字』という状態)
介護施設は基本的に経口摂取が十分出来ない患者さんは看ないことが多い。胃瘻は条件付で可、ポート造設で高カロリーは不可というところが多いので、「胃瘻造設なら受け入れます、それ以外は退所」と言われたりする。

療養型病院はポート造設、高カロリーもOKだが、ベッドは半年待ち。

つまり、胃瘻を造ることを誰も望んでないにもかかわらず、現在のシステムの中では「自然な形で」と望んでも、「自然な形で」診れる場は在宅以外にない。
ただ、もちろん全ての家族が在宅で看られるわけではない。
結果、医師からの勧めで、胃瘻造設し施設に帰る、という選択肢を選ばざるを得ないという状況である。

これを読み、何が一番問題に感じるだろうか。
そして、どう解決するのが適当だろうか。

以下に、胃瘻、ポート(中心静脈栄養)、末梢点滴、栄養中止についての利点・欠点、とそれに対する補足事項をまとめてみた。
皆さんの考察の一助になれば幸いである。
***********************************************************
経鼻、胃瘻栄養
・栄養状態が改善し、長期生存を見込めることがある。
・難治性の褥瘡などの改善が見込めることがある。
・施設へ入所するのに必要となる場合がある。
・誤嚥性肺炎が多くなる場合がある。
・チューブなどを引き抜く危険性がある場合、抑制が必要になることがある。
・経管栄養の体位などで新たな褥創が発生する場合がある。
・本人の尊厳が保たれなくなる可能性がある(患者が苦しみ、惨めな状態を長引かせることになる)。
・介護が長期にわたり、介護者の疲労、精神的苦痛から患者がより孤独な状態になることがある。
・胃瘻作成、チューブ自体による事故や合併症(感染、腸管外への迷入、腸閉塞など)が起きる可能性がある。

中心静脈栄養
・栄養状態が改善し、長期生存を見込めることがある。
・難治性の褥瘡などの改善が見込めることがある。
・点滴管理の手技がやや煩雑
・施設へ入所はほとんどの場合、難しい。
・点滴を引き抜く危険性がある場合、抑制が必要になることがある。
・本人の尊厳が保たれなくなる可能性がある(患者が苦しみ、惨めな状態を長引かせることになる)。
・介護が長期にわたり、介護者の疲労、精神的苦痛から患者がより孤独な状態になることがある。
・高血糖、腸管機能低下、ポート自体の感染などが問題となる。

末梢点滴(持続皮下点滴含む)
・長期生存は見込めない。
・比較的自然な死を迎えることが可能なことが多い。
・施設へ入所はほとんどの場合、難しい。
・点滴を引き抜く危険性がある場合、抑制が必要になることがある。

栄養法中止
・長期生存は見込めない。
・自然な死を迎えることが可能で本人の尊厳が保たれる。
・施設へ入所は不可能。
***********************************************************
・上記を考える前に、まずは回復可能な基礎疾患の有無、シンメトレル・タナトリルなどによる誤嚥の予防、抗うつ薬・ホルモン剤などによる食欲改善などについて十分に検討をすべきである。
・持続皮下点滴は在宅では最もコントロールしやすい。
・末梢点滴や栄養中止の選択による、家族の罪悪感に対しては「患者が死亡したのは元の
疾患によってであり、栄養投与はその時期を延命していただけで、栄養を中止したから死亡したわけではない」と説明する。認知症や脳血管障害は死に至る予後の悪い疾患の一つである。
参考文献:『高齢者医療の倫理』 橋本肇著 中央法規出版  2000

17 件のコメント:

  1. 初めまして。
    twitterからやってきました。

    先生のプロフィールに、とても引かれます。

    もし、先生が川崎に戻ってこられたときの拠点を、
    井田病院あたりをお考えでしたら、
    私の活動エリアとダブるんですもの。
    (biog&twitterでは、神奈川とでしか表示していませんが)

    なぜなら、私も「地域包括プライマリケア」の実現を
    目指したいと思っている一人だからです。
    しかし、それは、一人ではできません。
    仲間がいります。
    これからも、どうぞ、一緒に考えさせてください。
    お願いします。

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  2. 川崎の拠点は井田病院です。
    私も、大勢仲間が欲しいです。
    twitter、ブログでやりたいことなども書いていく予定ですので、今後とも宜しくお願いします!

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  3. こんにちは。私も胃瘻は基本的に反対の立場ですが
    胃瘻の不利益を強調するだけでなく、胃瘻を選択
    しなかった家族が苦しむことがないような説明のしかた
    やその後のフォローが必要だと思います。
    私も祖母の経験より、知識で分かっていても家族が
    胃瘻をしない、を選択するのがいかに難しい事か
    身をもって知りました。

    また、脳梗塞などでは胃瘻を離脱出来る例が少数ですが
    確実に存在します。一概に無駄と言い切れないところも
    胃瘻の問題を複雑にしていますね。

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  4. ひろ
    (先生のブログを ちゃんとよみたいけど、
         ミクシから飛べません~~~なぜだろ?)

    栄養士です

    先生の提示した例
    比較的 予後が短い方・・・・という方は
    比較的、問題がないと思われます
    なぜかって・・・なくなられるから・・・・

    でも、生存期間が 長くなってしまった場合
    家族も本人も大変になってくる・・・・・と感じています
    家族が どんな状況でもよいのでいきてほしい・・・と思っている場合はよいとおもいますが・・・

    一概に 胃ろうが 全部だめ・・といのは危険だと思います
    胃ろうを 日本にひろめた先生の講演をこの前ききましたが
    欧米は日本とちがって いろうをあけたら 口から食べる努力をしないそうです。 また、欧米とくらべ、日本の患者さんは 管理がよく、長生きすること等をききました。

    栄養ルートがなくなるから・・・・イロウ・・
    ではなく、
    患者さんの身体(全体)状況はもちろん、、経済状況・
    家族の思い入れの深さ等を考えて、総合的に検討(提示)する必要があると感じています 

    私たちの病院では
    脳外科の先生は、嚥下訓練できる方は
    鼻腔栄養でがんばっています
    施設等で転院・・・やむおえず・・・という場合胃ろうをつくられます
    が・・・・

    1年前 肺炎だったかな?で 入院してきた患者さん
    基本的にはDNRだけれど
    胃ろうだけはあけて 退院、施設入所されましたが
    1年後 血糖値900で入院・・・・インスリン導入でもとの施設に退所されましたが・・・・・・御年90歳。
    なにがよいのか 考えさせられました・・・

    あとね・・・
    (高齢者最先端・少子化の)島根からの発信!!!!
    高齢者を在宅でみる方向・・という厚生省の方針は
    机上の空論としか思えません・・・

    少子化で子供を生め!  そのためには共働きがいいぞ!!
    家では 婆もみろ!!!・・・というのは
    矛盾していると思います

    在宅・・・むずかしい
    家で見る人がいないもの・・・
    働かなくちゃ いきてけない
    高齢者をかかえて・・・生きるのは 正直
    ・・若者の生活が 破たんします

    今の日本は 
    自然に死ぬ場所は ないと 思っています・・・
    せいぜい 療養型病院で 
    TPN・胃ろうを
    選択しない場合かな・・・・

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  5.      ↑
    あ!まちがえた!!
    上記の患者さんは 98歳でした!! 

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  6. 皆さん、コメントありがとうございます。
    胃瘻の問題が難しいのは、「要・不要」の判断が非悪性疾患の緩和で必ずぶつかる、「これは回復不可能な病態なのか?」の判断です。
    今回のブログでは、話を単純化するために「胃瘻を作ったとしても長期予後は見込めない」という前提での話とさせてもらいましたが、
    胃瘻さえ作れば回復可能(と判断される)という場合、今度は死生観と医療倫理に関わる問題となってきます。

    家族の思い、周囲の状況、医学的側面、倫理的問題を総合的に判断して、胃瘻の是非を決定しなければなりません。
    胃瘻作れば長生きできるのだからやるべきだ、というのは、医師としては当然の考え方ですが、それを最善として患者および家族の生き方を規定してしまうのは間違いです。
    そもそも医療とは誰のものか、というのを考えなければなりません。

    在宅も、現状では推進するのはかなり困難です。
    ひろさんのおっしゃるとおり、現場に即してません。
    在宅に派遣できるスタッフと、その権限を強化してくれなければ、介護力が十分にある大きな家庭以外は不可能です。
    なのに、国は予算が無いことを背景に、介護保険の適用範囲をどんどん狭めています。
    一方で、療養型病床および一般病床すら削減し、特養や老健にも制限をかける中で、高齢者の行き場所はどんどん狭められています。
    この現状は、様々な工夫で乗り越えなければならないと思っています。

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  7. 初めまして。こちらのテーマに直面している患者の家族の者です。
    79歳の母親ですが、誤嚥性肺炎と心不全で救急搬送されICU入り。危篤になりましたが復活、
    ただし認知症が進んでしまいほとんど口から食べられなくなりました。
    言語療法士さんによると嚥下には問題ないが本人に食べようとする意志がみられないということでした。

    ICUですでに鼻の経管栄養のチューブを自分で引き抜いてしまったのでIVHになっていたのですが
    胃ろうについては父親が拒否したので「では退院してください」と告げられ空きのある介護施設へ
    6月の中旬にIVHのまま出されました・・
    その介護施設(24時間看護師さん常駐)の主治医さんが「IVHは感染リスクが高いので長くは無理だから」と
    7月に一度やりかえて、今月初めに経鼻管栄養のチューブが入りました。
    9月に帰郷する際に、「胃ろうにするかポートにするかを決めてきてください」と言われています。

    現在介護費用は月に20万かかっていますが、胃ろうにすれば介護施設の選択肢が少し広がります・・
    が、別の施設では痰の吸引は夜間に対処できないからダメとか言われます。
    だったらわざわざ胃ろうにしなくとも?と思ったりもします。
    今のところは痰の吸引はしていませんがそのうちでしょうか?
    ポートにしたら今の施設からどこへも行けなくなるのは確実です。

    母の後を追うように父親が体調を崩して入院。次の行き先を探さないといけないのですが
    母親の介護費用で年金のほとんどを使っている状況下での2人分の介護費用がきつい・・
    胃ろうとポート、本人にとってはどうなのでしょう? 
    (母親、昼間はときどき車イスにすわっている生活です)

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  8. コメントありがとうございます。
    非常に難しい状況、各施設も親身になってくれる部分が少ないのでは…と思うところもあります。

    しかし申し訳ありませんが、私は医師として、このような難しい状況における判断を、本人も診察していない状況でコメントは難しいかと思います。
    現在いらっしゃる施設の状況次第で、ポートの方がいい部分もありますし、胃瘻の方がいい部分もたくさんありますが3ヶ月以上腸管を使っていない状況では色々と粘り強く対応が必要なところもあります。
    また、車いすに座れるくらいの方で、本当に口から食べることは困難なのか?などさまざまな部分が、ネットからの情報だけでは計りかねるところがあります。
    今の施設の方(特に看護師さん)とよく相談されることが大事かと考えます。

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  9. 始めまして。
    家族の胃瘻関連の現状についてお医者様の今までのご経験などからアドバイス頂ければ、と思いメールさせて頂きました。
    祖母88歳。五年前より胃瘻をしています。重度の認知症です。胃瘻患者専門の介護施設に入所していました。先日、脳梗塞になりました。発見が遅れたらしく、病院に運ばれたのは脳梗塞になって3.4日後だったそうです。現在、集中治療室におり、病院から脳の手術の採否を迫られています。
    脳の手術をすることで、脳梗塞だけでなく、認知症の症状の改善も見込めるものでしょうか?また、更に改善してこれから胃瘻が外れたりする希望もあるのでしょうか?素人な質問ですみません。
    親やその兄弟は手術や引き続きの治療を望んでいます。
    ただ、現在、親自身も介護される側でもあります。
    父は肢体一級身体障害者で、母は10年程前から精神疾患があり、私が介護しています。
    祖母の介護費も胃瘻以前からあり、親兄弟もみな定年を迎えた今、私たち孫の代も一緒に負担しています。、祖母の快方の可能性はどれ程でしょうか?
    病院から心臓は年齢と比べかなり強い、とは言われ
    ました。

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  10. コメントありがとうございます。
    私自身が患者さんを拝見していませんので、一般論に過ぎないことをご了承の上、お読み下さい。

    一般的に、もともと認知症があり、脳梗塞を発症し、手術をしても(内容が想像できませんが)、少なくとも脳梗塞発症前の状態よりさらに良くなるということはほとんどないと思います。
    もちろん、手術して何を目標にするかは、主治医の説明をよく聞いて頂きたいと思いますし、だからといって手術をするべきではない、とこの場で申し上げられるほどの情報もありません。
    ただし、「快方」という意味からすると、あまり過度の期待は禁物という印象です。

    いずれにせよ、本人の状態は、今診ている主治医にしかわからないことかと思いますので、よくよくご相談下さい。

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  11. お忙しいところ、貴重なご意見誠にありがとうございました。祖母はICUをでましたが、肺炎と39度近い高熱を出していて、手術は今のところ保留になりました。担当医の先生のお話もよくよく伺い、家族で悔いの無いように今後も介護を続けようと思います。

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  12. 胃瘻が延命で末梢静脈点滴が延命でないという根拠はどこから来るんでしょうか?
    医療費削減のため老い先短い人を餓死させるとはっきり言った方がいいんでないかな。
    北欧は経口摂取できない人は二週間で餓死させます、米国は胃瘻多いですよ。
    欧米では・・・という言い方はおかしいと思う。
    自分は悪者になりたくないけど、お金と手間は削りたいという日本人のエゴが見えます。
    自然な形でと言いながら、救急車で病院に搬送して家で見られないという人たちがおかしい。

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  13. 4日に一回末梢点滴を入れ替えられて苦痛が少ないという根拠はどこから来るんでしょうか?

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  14. ありがとうございます。
    確かに、苦痛が少ない、という表現は語弊があるかもですね。本人に直接聞いたわけでなし。

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  15. 苦痛が少ない、という表現は削除しました。

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  16. 私も胃瘻反対ですが、他にすべもなく、胃瘻を選択するしかありませんでした。施設も特養は空きがなく、高額な施設へと妥協しました。そんなに払っていけるのか…
    痰の吸引など、出来るはずもなく…
    一体いつまで介護費用、医療費とかかるのか…
    昼間働き夜はバイトをする生活で、こちらが倒れそうな現代の医療事情に付き合っていくしかありません。

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  17. 全ての胃瘻が悪、というわけではないと思います。回復が見込まれるもの、家族や本人の意思を汲んだものであれば、実施もいいと思います。しかし、進行した認知症患者に行うのはQOLとEOLという視点からみてもどうなのでしょうか。死は誰にでも訪れるものであり、それを忘れて、現代医療に頼りすぎている、という方が医療者にも一般市民の方にも多くいらっしゃるように思います。国が財政難で医療や介護費を削減していっていますが、それは一国の対策としてはやむを得ないことです。なぜなら、財政を支えている資源が事実減少していっているのですから。だからといって、見捨てる、切り捨てる、ということではないと思います。不必要な、不適切な医療は差し控えましょう、それが各個人にとっても、公にとっても善となるからだと思います。
    認知症が進行した方や終末期の方は、徐々に食事や水分を取らなくなる、取れなくなることが良くあります。それは死にゆく過程の自然な一段階である、ということでもあります。脱水や飢餓状態が本人の苦痛を和らげるような物質の分泌をもたらしたり、看取る側としては心苦しいのかもしれません。しかし、色々な医療ができるようになった現代だからこそ、きちんと死に向き会うことが必要なのではないでしょうか。
    誰のために行うのでしょう。死にゆく人を侵襲のある処置を行って、延命することがいいことでしょうか。

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